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告知と放談の部屋☆ 放84「果たして売れるかどうか」 [趣味・カルチャー]

  

いのまたむつみさんの起用について、一部不満のある方がいるということを知りましたが、まだまったく無名の彼女ですしこれまで角川新書の表紙を飾ってきた一流のイラストレーターのそれとはまったく異質の画質です。拒否反応が起こっても止むを得ないことですがその彼女を推薦したのは私です。社内に疑問視する声があるということを放置しておくわけにはいきません。やがてその反応は私自身に振りかかってくるからです。あまり不満の声が広がってしまえば、彼女を諦めて別のイラストレーターを選択し直すようにと言われかねませんし、それに不服であれば今回で角川書店では執筆をつづけることもできなくなってしまうかもしれません。


  


はじめてお付き合いする会社であるということでもあるし、現在いろいろな点で注目されている角川書店を根城にして戦場へ飛び出して行こうとしている矢先でのことです。こんなことで出足を削がれてしまったら勢いを失ってしまいます。先ず味方の陣地での問題を解決しておかなくては身動きが取れなくなってしまいます。時代の空気を読むということでは、テレビ作品を作る中でかなり敏感であったこともあって、いのまたむつみさんをイラストレーターとして推薦したのは、時代の先取りをしたのだという自信でもあったのですが、私がやろうとしていることはこれまで角川書店が積み上げてきたブランドイメージを壊してしまうことになるかもしれないのです。


現在俄かに社内にくすぶり始めた問題には危険を感じてしまいます。私は担当の編集長と編集部員たちはもちろんのこと、書店を巡って販売促進をすることになっている営業担当の説得から始めることにしました。出版についてはすでに社長が許可を与えているということもあって、あからさまに疑問についてぶっつけてくることはありませんでしたが、予想通りいのまたむつみさんのイラストが、読者に受け入れられるかどうかは判りませんよと迫ってきました。しかしこれでそのまま彼らのいうことに屈してしまったら、私の確信はまったく否定されてしまうことになってしまいます。


 「彼女のイラストは、時代が要求していると思っているんです。きっと読者はこれからのイラストとして受け入れてくれるはずです」


 経験上の確信について訴えました。


 「そうですかね。テレビと小説の世界は違いますよ」


 なかなか受け入れてくれる気配はありませんでした。


 疑問を持ちつづけていた彼らは、最後までどうしても納得できないといった様子で終始していましたが、頭から否定してくるようなことはなくなってはいました。結局社長の決済が済んでいるということで、今から大きな変更はできないということなのかもしれませんが、それぞれの書店へ販促を行う営業部員の士気に影響が出るのではなかと心配です。もし今回「宇宙皇子」の出版が読者によって受け付けて貰えないようなことになってしまったら、いのまたむつみさんが出版界への転身を試みることに支障が出てきてしまいます。私自身についても彼女の起用に失敗して、そのままおめおめと映像界へ戻るなどということは出来そうもありません。今は先日の角川春樹社長の出版についての好意が唯一の支えでした。それだからと言ってそれがすべての保証であるはずがないということぐらいは判っています。時代が求めているというものがどんなものなのか、感覚的にかなり自信を持って勝負に出たはずだったのですが、冷静になって考えていると、いつか不安になってきてしまうのでした。                                         「宇宙皇子時計」1.jpg


                                    (キャンペンに使われた時計)


  この頃ほとんど出版界では登場していなかった古代という時代を背景にした企画を出すことにしたのはかなり冒険でしたが、放送界では所謂SF的な作品が作られ過ぎたために、視聴者はみな食傷気味になっています。それを実感していましたから、そのSF的な要素を日本歴史の古代を支配していた超能力という術者に託してみたのです。おもいきり楽しむ世界の背景を変えてみたのです。確かにかなり挑戦的な試みではあったかもしれませんが、角川書店では私の意図を受け止めてくれて、A編集長にはいくつもの編集会議を突破してくれましたし、最終的にそれを面白がって受け止めて下さった社長の英断にも感心いたしました。


 あれこれとややこしい問題はありますが、結局は問題の「宇宙皇子」という作品が売れるかどうかということでしかないということになりました。今回は文庫でなく新書版という成人用を狙った判型の希望を入れて下さったことも問題かもしれません。果たして私の狙ったさまざまな大冒険は成功するのか、はたまた大失敗ということになってしまうのか、発売が近づくに従ってその売れ方については不安ばかりが高まっていったのでした。


 映像時代ではさまざまな番組のメインライターを指示されることが多かったために、毎週出て来る視聴率調査の結果については、大変興味を持ってみるようにしていたことを思い出します。公にはほとんど気にしないということを発言する人がかなりいますが、聴取者の反応次第で番組の行方を決定的にするのです。絶対に無視することは出来ない問題です。気にならないというのは嘘です。しかしそうかといっても、仮に思ったほどいい結果が出なくても脚本家が責任を取らなくてはならないということはありませんでしたが、今回はそんな状態で鷹揚に放置されることはなさそうです。結果次第によっては出版社の経営に影響を及ぼしてしまうことになるかもしれません。当然それを書いた作家自身のこれからの作業にも影響が及んできてしまいます。


 「売れるかどうかなどということは無視だ」


 とてもそんな呑気なことはいってはいられないはずです。


 今回は見えない視聴者を対象にした映像の世界から、出版という見えない読者を対象にした世界にかかわることになりましたが、売れなくてもまったく作家にその責任がのしかかるということはありませんとは言っていられません。まったく読者の共感が得られずに出版社の経営を危うくするような結果になってしまったら、その影響は直ちに作品を生んだ作家自身に降りかかってきます。作家の生活を支えることになる印税が入ってこなくなってしまいます。放送局のように規模が大きい出版社ではありませんから、そんな失敗作品を次々とだすようになってしまったら、会社の存続にもかかわってきて来てしまいます。噂によれば、そうした失敗作品を生んだ編集者はそれらの失敗作品を処理してしまう断裁所へ呼び出されて、制作した図書を目の前で無残にも裁断されていくのを見つめなくてはならないという、残酷な処置を目撃しなくてはならないことになるといいます。売れない本を倉庫に仕舞っておくなどという余裕はなくなっているのです。倉庫に保存していると、それらはすべて財産となってしまって税金の対象になってしまうからです。もしそんな作品ばかり作るようなことになれば、編集者として生き残ることもできなくなってしまいますが、それを書いた作家も執筆する機会は次第になくなってしまうでしょう。出版という異世界に突入した途端に、あまりにも映像時代とは違った厳しさを知って、次第に緊張感は高まってしまうのでした。


 そんな日を何日味わったのだろうか。


 私にとっては将来を決する運命の日は、刻々と近づいてきていたのでした。 


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