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告知と放談の部屋☆ 放85「お詫びの会とは・・・」 [趣味・カルチャー]

  「宇宙皇子」の衝撃的な売れ行きについては、恐らく誰も考えてはいなかったのでしょう。テレビでは多少知られていた私も、所謂小説を書く作家としてはこれまでの小説ファンにとっては殆ど関心のなかった存在ですしいく、何もかも先端をいくものに興味のある時代です。古代などという先端の文化とはまったく縁のない時代の話です。

そんな本が爆発的に売れたというのですから、一体何が起ったのかとでも思われたに違いありません。発売と同時に興味を持ってくれたのはどうやら若者たちであったようです。テレビでも思いきった企画の作品が見られる状態ではなかったこともあるのでしょう。恐らく小説の世界ではじめて登場した表紙のいのまたむつみさんのイラストに、新鮮な衝撃として映ったに違いありません。そんなこともあってわずか半年の間に、一巻目である「はるかに遠き都よ」が快調な売れ行きを記録して順調なスタートを切ることになると、その勢いを引き継ぐように2巻目である「明日香風よ挽歌を」も八月の夏休みの商戦で同じようないい結果を出しました。角川書店からはここで休んでしまわないで、一気に出版を考えて欲しいという要望が入りましたが、わざわざそのような申し入れをしてきたのには、出版社としての苦い経験があったからなのです。これまでたまたま大きなヒットを出しても、そこで作家がお休みしてしまって次の作品を書かなくなってしまうので、折角盛り上がっていた読者の気分を褪めさせてしまって、それ以後出版社がどう売ろうとしてもまったく勢いは戻らなくなってしまったというのです。そんなことをわざわざ私に伝えてきたのは、営業の上層部から依頼を受けた私を担当する編集長Aでしたが、私自身も映像から活字の世界へ転身が叶うかどうかの瀬戸際でしたから、一気に勝負を決めてしまおうという決心でいたところです。直ちに第三巻目の「妖かしの道地獄道」の執筆にかかっていったのでした。これまでの勢いをそいでしまわないように準備したのですが、10月の秋の商戦である読書週間も勢いは止まりませんでした。


出版の世界へ入ってから、兎に角これまで体験してこなかったようなことが起るので、正に作家としては新人並みの私にとってははじめて出合うようなことばかりなので、半分戸惑わされたりしていたのですが、一巻目、二巻目、三巻目と連打したことが効果あってか販売に勢いがつきました。ここで勢いを止めたくないという角川書店からの要望もあって、作品の執筆はそのまま辞めずに続行して、年明けに原稿を渡すという約束をしました。ほとんど休みもない作業ですが、一見して無茶苦茶な依頼でしたが、私も勝負に出た以上決着をつけるために、あるところまでは頑張ろうという決心をしていたところなので、特別反対もせずに作業にかかったのでした。これまで通常文芸作家が、こんなに間隔を狭めた出版に応じることは応じる作家はありません。一作書き上げるのに一年もの時間をかけることも多いし、多くの場合もっと長期間の時間をかけて仕上げた作品を出版するのがほとんどの作家の仕事のありか方でしたが、時代の影響でしょうか、そうしたのんびりとした作業のしかたが許されたのは昔のことで昨今の業界ではあまり歓迎されません。文芸作品といわれる特別なものは別として、大衆向けの作品では、あまり時間のかかりすぎる作家は歓迎されなくなっていました。


毎月の出版予定を狂わせてしまっては、会社を経営する上でも歓迎されなくなってきています。売れても売れなくても社格を高める文芸作品を出版することも大事ですが、会社としてはよく売れる大衆作品がなくては、出版社として経営が成り立たなくなってしまいます。現在角川書店が行なっている映画と連動して小説を売るという戦略は大変奇抜な戦略で、その評価についてはいろいろあるようでしたが、時代に向いた経営ということでは的確な狙いでした。社長自ら映画の監督も行うという大活躍をしている中での「宇宙皇子」の発売です。本当に売れるかどうかが判らないでいたのは確かな印象でした。


ところが結果は誰も予想しなかった三冊ともベストセラー作品となって、たちまち会社としては衝撃が走り出していたのです。発売前に社内にあったさまざまな不安、不満を一蹴してしまう勢いです。発売については営業的な考慮した結果でしょうが、私に対する評価があまりにも低くて、とても納得できないような気持ちになっているところへ、突然担当のA編集長から連絡があって、是非お詫びの会を開きたいというお知らせでした。角川書店としては、これまでもさまざまな失礼をしてしまったこともあることから、それらについての失敗について、解消しておかなくてはいけないと考えられたのでしょう。このところの「宇宙皇子」の売れ行きを見て、あまりにもこれまでの予想を覆す結果に仰天してしまったのに違いないでしょう。年が変わった1985年の春の商戦を前にして、これまでのさまざまな待遇についての失礼を詫びして解消しておきたいというので、今回出版の営業を指揮する副社長の角川歴彦氏が、赤坂のプリンスホテルの最上階にあるレストランで、食事会を催したいといってきたのです。


 出版前の失礼のために怒り狂って私がどんな態度をとるかによっては、角川書店にとっては大変な収入源を失ってしまいます。そんなことになってしまったら、兄である春樹社長の期待も覆してしまうことにもなりますし、営業を担当する副社長としての大きな失敗になってしまうということを考えられたのでしょう。いささか緊張気味で出かけた私を出迎えて下さったのは、副社長以下営業部長、営業部員の責任者、そして担当のA編集長など上層部の面々でした。


席へついた時には早速副社長が一同を代表して挨拶をされました。


 「これまでいろいろと失礼なことがありましたので、今回はそのお詫びをしたいので、今日はすべて解消して頂いてお楽しみ頂きたいと思っています」


 簡単でしたが「お詫びの会の趣旨について説明をされました。勿論私もこんなことがあるとは思ってもいませんでしたから、


「こんなおもてなしをして頂いて恐縮いたしております。有難うございます」


お礼を述べるのが精一杯でした。


 恐らくテレビの仕事をしている時には、とても考えられない事後処理の仕方を体験することになりました。確かに出版社にとっては、読者を獲得した作家はかけがえのない宝物なのだということを表明してくれたのです。


 かつて社長にお会いした時にも説明をいたしましたが、同じように「宇宙皇子」を執筆する基本的な姿勢について説明させて頂きました。


 もう堅苦しい話はそれで終わって、今後の予定についての激励をされて会食は終了したのですが、これまで多少心の片隅に残りつづけていた、これまでの映像時代で積み上げてきた実績に対する認識が無視されてきたことに対する不満は、その日の対応を受けてすっかり解消することができたのでしたが、もし他の会社で同じようなことがあった場合に、このような仕切り直しをして下さるのだろうかと考えると、決して期待できるものではないと思うようになりました。それだけに角川書店に対しての感謝は特別なものとなったように思いました。


 


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