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思い出作品の部屋☆ 思10「FC活動始まる」 [趣味・カルチャー]

  

はじめは私のところへファンの一人として訪ねて来た人たちから始まりました。その人達の熱烈な思いを聞いているうちに、その思いを大事にしてあげたいという気持になったこともあって、「宇宙皇子」の推進のために活動して下さっている編集長A氏にして彼らを紹介して、その熱意に応えられないものかと相談したのが始まりでした。女性のグループもいましたし男性のグループもいましたが、やがて編集長は彼らを一つにして、FCという塊となって活動するようにしたのでした。


恐らく1985年・・・つまり「宇宙皇子」が発売された翌年当りであったように思えます。ところがもうその頃には、横浜、名古屋、岡山、福岡にも、そして北海道、四国にもそれぞれ「宇宙皇子」を支持するファンが集まり出して、そのリーダーが生まれていった様子が毎日送られてくるファンレターを見ているうちに、このままにしておくとそれぞれがばらばらに活動するようになってしまって、私のところでは収拾できなくなってしまうと考えて、このそれぞれの地区のFCを一つにして統率していく組織が東京にないととんでもないことになってしまうと編集長に連絡しました。その結果編集長の下に集まった若ものたちが中心になって「宇宙皇子」を統括した組織として、正式に「宇宙皇子」の中心のFCとして形づくられていったのでした。


 その間にどんなことがあったか、途中経過については私にはまったく判りません。兎に角作品を執筆するのが精一杯でしたので、「ここがFCの拠点いなりました」と角川書店の「あすか編集部」の部屋の一角に場を作って頂いて活動し始めたという報告は受けましたが、直ぐには様子を見に行くことができませんでした。


 兎に角ファンクラブの原型は「宇宙皇子」が発売された直後からその動きがあったようなのですが、編集長であるA氏に働きかけて集まってきた人たちをバックアップして上げて欲しいという申入れをしてからは、活動について作家がいちいち指示をしない方がいいという気持でいましたので、編集長へ橋渡しをしたところでその内容に関しては、若い人達の気持ちを尊重して、大人はそれを見守るという形にしたのです。


それから暫くは基礎的なことに関してはどう話し合って固めていったのかは、まったく判りませんが、これからどう進んでいくのかはまったく見当がつきませんでしたが、全国のファンが上手くまとまっていけるようになってくれればいいがと祈るばかりでした。かつてテレビの番組がきっかけとなって、さまざまなファンクラブが結成されていましたし、私が脚本を執筆していた番組のファンクラブも出来ていたことは知っておりましたが、いずれにしてもそれらはあくまでもファンの間で思いの通い合う人たちが結集して、愛する番組を後押ししてくれるようになっていたように思いますし、あの「ゴットマーズ」のように、ファンの熱意を結集して映画まで制作させてしまほどの力を発揮したことさえもありましたが、確かにどのグループもばらばらで点在しているといった状態です。我がファングラブは千代田区富士見2-13-3にあった角川本社ビル、旧角川本社ビル別館にあった「あすか」編集部の一角の狭い部屋に長い作業台を置いたところが最初の拠点になりましたが、楽しみながらその方向付けのために、喧々諤々の議論を重ねながら次第にファンクラブの形を整えていきました。「宇宙皇子」が三巻までの出版が終わった頃には、ファンクラブの中心になる人たちのメンバーも固まり始めましたのと、ファンクラブに入りたいという希望が寄せられてくることが増えてきたことから、かかわったすべての方の紹介はできませんが、その後のことも含めて最後までまとめていってくれたのは、会長を務めてくれたY・N君。主力メンバーの二人のT・S君。T・Nの君。そしてY・Oさんその他数名の女性群人です。すべて写真を載せて紹介したかったのですが、もう今は社会人としてそれぞれの分野で活躍していますので、プライバシーを尊重して写真は省くことにいたしました。


                                  「FC会員手帳」1.jpg


会員証も決まったということもあり、その会員となった人たちを繋ぎ止めていくもとして、会報を作る作業が進み、そのタイトルも「鬼笛伝説」となりました。何とかその体裁を整えて、会員から寄せられたさまざまな投書を選択して編集したりして、何とか会報の0号を完成することができたのですが、私はその途中経過の報告は聞いてはいましたが、常に訪ねていくということは作品の執筆に追われていましたのでほとんど自由になりませんでした。それでも作業の合間に楽しんで貰おうと茶菓子などを差し入れしていましたが、FCに関しては何かにつけて私たちがあれこれと指示をしないで、若い人たちの知恵を絞り合って運営していく方がいいと考えて静観していました。私も相変わらず原稿執筆に追われていたのですが、それでも彼らの様子が知りたくてたまには差し入れの果物を持ってFCのたまり場という編集室を尋ねることがありました。兎に角彼らは狭いところで頑張ってくれていました。ただ折角宇宙皇子というヒーローが生まれたのですから、そのヒーローが駆け巡る飛鳥という歴史舞台を、ファンもヒーローと同じように体験してみる旅行でもできるようになるといいなというようなことを提案したことがありました。それがやがてファンクラブの会報となって、会員を正式に募集するのと同時に、「鬼笛伝説」の0号となった会報に「追体験ツアー」という誘いとなって掲載されることになったのでした。


二つ目のFC拠点になったのは、靖国神社横のアスカ編集部内の部屋で、ここでは会員証が生まれたりしましたが、さまざまな準備が整えられ、会報もついに正式な第一号が発行されるようになったのでした。


                            「会報・鬼笛伝説0号」1.jpg 「会報・追体験ツアー参加募集」1.jpg


ツアーを間違いなく運営してくれるところとして、角川書店の中にあった「角川ツアーズ」というところが協力してくれるようになったことが判りましたので、私もその運営に関して安堵いたしました。


 この頃からは、さまざまな事務的な作業も多くなってしまいましたので、間もなく始まることになるまったく予測のつかない「体験ツアー」の準備にかからなくてはならなくなってしまったのでした。


やがて三つ目のFCの拠点へと移転することになるのですが、それはもう一寸先の話になります。それまでは日本全国から寄せられる会員となる申請を整理しながら、慌ただしく活動していったのでした。そのへんのお話は、また別の機会にいたしますね。


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