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言霊謎解きの部屋☆ 言32 「ひとくち言霊」(多多良女(たたらめ))    [趣味・カルチャー]

                                                                                                                     「若菜イラスト」.JPG

   

女性の身だしなみについては、とても簡単には言えないような時代になりました。しかしお会いした時に、こちらが予想もしていないようなところに、さり気無く気を使っているようなことに気が付くと、とても嬉しくなることがあります。そんな時、ふと思い浮かべてしまうのは、古代の女性のたしなみのことなのです。


昨今は女性のなみについては、とても簡単には論評できなくなってしまいました。特にファッションなどについてはそうです。迂闊に論評などはできません。実に大胆で、奇抜なファッションを生み出してきたりしますから・・・。それに鮮度や、センスの新しさを感じることもあるのですから。しかしパフォーマンスとしては理解できるのですが、あまりにも行き過ぎと感じるようなものには、納得しかねるものも多くなってきました。価値観の違いによる違和感なのかもしれません。


昨今は男性、女性の中性化という傾向もあって、かつてのように男性は男性らしく、女性は女性らしく振舞うという風習が、大分薄れてきてしまいました。そのために、すべての表現が大胆になって、いわゆる恥じらいなどというものが、ほとんど感じられなくなってしまっています。そしてそれに同調するように、お互いがお互いを気遣うという気風が、すっかり希薄になってきてしまっています。お互いに行きすぎを改めないと、あまりいい雰囲気がなくなってしまうのではありませんか。


そこでですが、男女の性の差がはっきりとしていた時代・・・お互いに、その差を最大限に発揮して生きようとしていた頃のことです。


恋する男と女が出会う約束をした時など、女は大変気を使って出かけて行きました。約束の場へ向かう道すがら、女は小梅の花びらを口に含んでいったのです。それは口臭のために、相手に不快な思いをさせないようにという、ごく常識的な気遣いの風習だったのです。


現代のように、いい医薬品などがまったくない時代のことです。女性はこのような気遣いをして、恋する人と会おうとしました。古代の女性たちは、そうした不自由なところを解消するために、それぞれの知恵を使って、克服していました。


お金を出しさえすれば、すべて用意されてしまう現代の欠点は、工夫することを放棄してしまうということです。そのために知恵も萎えていってしまいます。そしてそれと同時に、恥じらいという感覚も失ってきてしまいました。電車の中で化粧をしたり、足を広げて座ったり、更にはものを食べたりしている人を見かけることがありますが、それが女性なのですから、言葉を失ってしまいます。


女性が人に会う時の心得として、多多良女を口に含んで人に会おうとしていた古代の女性を、妙にいとしく思えたりする梅の季節です。もう、古代の女性のような、心優しい気遣いのある女性に出会うことは、大変難しい時代になってしまったのでしょうか。


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