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思い出作品の部屋☆ 思11「宇宙皇子体験ツアー始まる」 [趣味・カルチャー]

  

当時テレビでは、番組の支持者がこういう風に集まるというケースはよくあるのですが、恐らく出版物にこのようなファンが集まってくるということは、これまであまり聞いたこともありませんでした。そんなことから私は、彼らを担当の編集長A氏に紹介したのですが、彼もそんな読者に接した結果、彼の率いていた「あすか」の編集部の一部をFCの拠点として、会報の編集などに使うようにと貸して下さったのがFCの始まりでした。


会員となることを希望する人々が次々と申し込んできました。やがて彼らには会報や会員証を送るための費用を会費として払って頂いてクラブを維持していくことにいたしました。勿論その中心と働く者はまったくの自弁です。


「鬼笛伝説」の0号が送り出される頃には、会員になることの希望者があまり多いということが判りましたので、この際そうしたファンを一堂に集められたらどんなにいいかと夢を見るようになっていた私は、「宇宙皇子」が作中で活躍する場へ読者も同じヒーローとなって歴史の世界を旅してみてはどうかという提案をいたしました。お陰様で角川書店には旅行を扱う部署もありましたので、それを扱ってくれるということにもなり、その夢の企画は現実的なものとなって動き出したのでした。それが「鬼笛伝説」0号の裏表紙に出された体験ツアーの呼びかけでした。その結果取り敢えずかってなかった「宇宙皇子体験ツアー」が現実のものとなり、第一回目の抽選で決まった200人という参加者と共に、1985年(昭和60年)8月6日~8日までの三日間行われました。会報もその報告を兼ねて、ついに正式な第一号が発行されるようになりました。それに従って角川書店としてもその活動を支援して下さるようになり、小説を担当する編集長のS・Aさんを筆頭に、ベテランのT・Yさん。Y・Tさん。そして若手のK・S君。T・Y君。R・T君も参加して協力してくれるようになりました。


念願の宇宙皇子追体験ツアーは会報の第一号となった「鬼笛伝説」で特集記事として紹介されることになりました。


                「会報・鬼笛伝説1号」1.jpg


      「宇宙・体験ツアー・1」1.jpg 「宇宙・体験ツアー・2」1.jpg 「宇宙・体験ツアー・3」1.jpg


東京(二台)・横浜・大阪からバスで移動してきたファンたちは、金剛山の頂上にある駐車場で合流して、普段は出会うこともできない同じ宇宙皇子ファンとして出会うことになります。みなバスで来るのできっと疲れていたと思いますが、到着するとたちまち若者の活力を発揮していました。


写真はなるべく個人的に困ることにならないように集団中心のものにいたしましたのでご了承いただきたいと思います。


    「宇宙・バスで集結」1.jpg 「宇宙・金剛山頂で集結」1.jpg 「宇宙・緑陰講義」1.jpg


   「宇宙・遺跡へ向かう」1.jpg 「宇宙・史跡での講義」1.jpg 「宇宙・夕食・」1.jpg


   「宇宙・揃ったかな」1.jpg 「宇宙・検討中」1.jpg 「宇宙・どうだ」1.jpg


   「宇宙・七夕コンクール」1.jpg 「宇宙・表彰」1.jpg 「宇宙・夜の講義」1.jpg


ツアーの参加者は、それぞれの地方からのバスに乗って、遠路はるばる奈良県の金剛山頂で集結して合流してから、我がヒーローの宇宙皇子が駆け巡った飛鳥の歴史の跡を探索する旅に向いました。言い出しっぺということもありますが、私は四台のバスを連ねて史跡を訪ねる度に、その遺跡の場が小説の中のどんなところに登場したのかとか、その意味と歴史的な意味につての解説をしながら巡るのですが、その他にすべてのバスを、移動する度に乗り換えて、車内で「宇宙皇子」の執筆にまつわる話、読者との出会いなどについての話をしながら旅をしていきましたが、ツアーから帰ったその日から、また直ぐに次の作品の執筆にかからなくてはならないので、これはかなり重労働の旅でした。


FCの世話役も会長を務めてくれたY・N君。主力メンバーの二人のT・S君。T・Nの君そしてY・Oさんなどは参加者の面倒を見るために参加しましたが、何かと私のかかわったイベントに協力して参加してくれていた弟子の脚本家K・T君。J・T君。そして親しい後輩の脚本家のS・T君が協力してくれていましたので、参加した人たちにとっても通常味わえない楽しみでもあったでしょう。


 兎に角炎熱の夏ですから、史跡、史跡へ移動しながら、なるべく緑陰を見つけながら小説とのかかわりについて説明をしながら強行軍をつづけました。夜は入浴、食事を楽しみ、それからは書く地域の参加者がグループとなって、宿が用意して下さった竹を使って七夕飾りのコンクールとなり、彼らがそれぞれ工夫した寸劇を演じたりして、やがてそれをゲストの参加者による審査が行われて賞を贈りました。


 「宇宙・サイン会」1.jpg 「宇宙・史跡での講義」1.jpg 「宇宙・全員集合」1.jpg


二日目は史跡めぐりをした後は、翌日は朝からサイン会です。いのまたむつみさんも大変だったと思いますが、そのあとまた史跡めぐりをしますが、その度に私は小説の宇宙皇子と史跡のかかわり方などを説明していきますから、まったく休息時間はありませんでした。夜は落ち着いたところで古代史についての簡単なお話をしたりしましたのでくたくたでした。三日目はほとんど帰途の準備ですが、一寸だけ立ち寄るところへ行った後は、それぞれの出発点へ向けて帰途について行きました。


この「宇宙皇子追体験ツアー」はそれから何回か行なわれるのですが、毎回予定人数をかなり超える応募者があったので抽選は大変でしたが、その度に行けなかった人たちも会員として登録してくるようになったので、当時のアイドルのファンクラブと比べても、それをはるかに越えた会員数を誇るFCとして、各方面からも注目されるようになっていったのでした。


やがてFCの拠点は三番目のところへ移転しましたが、日本歯科医大裏のハーモニ会館という千代田区九段北2-3-7の前川九段ビル (九段下)の賃貸オフィスという狭い作業所でしたが、それから何年もの間はずっとここで頑張ってくれたのでした。


最近でもその頃のことを話す機会があると、主力メンバーの人たちはみな口を揃えて、大変ではあったけれども楽しかったといってくれます。彼らにいとっても青春時代のいい思い出になっているのではないでしょうか。


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