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思い出作品の部屋☆ 思12「エプリル・シャワーと横浜」 [趣味・カルチャー]

  

映像の世界から転身する機会を模索している間に角川書店との縁が出来て、幸いにも「宇宙皇子」という作品がヒットして、その勢いに乗って活字の世界での作業を連打している最中のことでした。すでに「宇宙皇子」の地上編十巻の出版が終わりましたので、映像時代からのお付き合いの深い、その中でもテレビの放送番組に関する雑誌である「アニメージュ」とのつながりから、徳間書店から依頼された小説の執筆という話です。角川書店の作業に区切りがついた時でもあり、本来ならそれで暫く休息していてもいい状態だったのですが、書くということに意欲が高まっていたこともあったことから、まったく休息するという気持にはならず、これまでのおつき合いに感謝する気持ちもあって徳間書店の依頼を引き受けることにしました。


テレビ時代では、こんなものも書きたいと思っても、何か流行っている番組があると、大体それと同じような作品の執筆依頼がつづいてしまうのが通例で、物書きとしては大変欲求不満状態であったのです。そんな状態であったところに、放送界にも不景気が遅い襲いかかってきたのです。私はそんな機会に転身の機会を探し始めていたのです。


そんな時に縁を得て書いたのが古代歴史ロマン「宇宙皇子」でしたが、幸いにも好評で地上編を終わりました。もうその時次のシリーズは「天上編」ということになるということについては編集部へ伝えてありましたし、その第一巻の発売が来年の六月になるということもはっきりとしましたので、徳間書店から声がかかったのです。しかも幸いなことに、「宇宙皇子」と同じような古代史を背景にしたものをというような註文はありませんでした。そこで私は、かねてからいつか書いてみようと思っていた青春小説を書きたいと提案しました。編集担当としてやって来て下さったのが、テレビの人気作品であった「六神合体 ゴットマーズ」の、軽井沢でのスタッフの座談会を取材しに来てくれたこともある気心が知れたOさんという女性だったこともあって、私の提案についてほとんど反対はなく、構想についてはほとんどお任せして頂きました。ただその時私は、イラストレイターの選考についてはある注文をしておきました。映像時代では作画にいちいち注文を付けることは出来ませんでしたが、小説の挿絵である以上あまり筆力の落ちる方は困るので、青春を飾るのに相応しい絵の描ける人を選んで欲しいと注文したのでした。その間に私は早速提案した青春物に相応しい内容を煮詰めていました。


 実はこの頃私は横浜からデビュウして「結婚するって本当ですか」で大ヒットを飛ばしたダ・カーポとのお付き合いで、彼らが横浜青年会議所でのコンサートを行うことになり、その構成を受け持つことになったことがあったのですが、その時に紹介された青年会議所幹部の面々から、たまたま私がさまざまな映像作品のヒットにかかわっているということを知って、彼らは横浜を舞台にした映像作品が作りたいと思っていたので、何かいい話を考えて貰えませんかというお話になったのです。それ以来そのことは忘れたことはありませんでしたが、すでに角川書店でのヒット作品を連続的に書かなくてはならなくなってしまったこともあって、直ぐには青年会議所用の作品のことを考えることはなかったのです。ところがそんなところへ飛び込んできたのが徳間書店からの小説の執筆依頼だったのです。兎に角今は「天上編」を書くまでにかなり時間的に余裕があります。


 1986年4月30日発売の「エプリル・シャワー物語」は夢中で書き上げたのでした。


「宇宙皇子」を執筆しながらでも、当時は活力が溢れていて執筆が苦しいとか嫌になるというような気持ちにはまったくなりません。「宇宙皇子」とは違ったジャンルの作品が書けるということもあって、楽しみを持って書ききる馬力を発揮することができたのです。イラストについてもいくつかの候補から、私は太田慶文さんに引き受けて頂くことにいたしました。


大変品格のある美しい少女の姿に惹かれたのがきっかけでした。


                                             「徳間・エプリスシャワー物語」(1980・6・4)1.jpg


横浜の町の片隅に捨てられていた不幸な人生を生きることになってしまった赤ん坊を、たまたま発見してしまった高校生の男女が、その捨て子を放っておくことができなくなって、さまざまな障害を克服して面倒を見てやろうと動き出したのでした。あまりストーリーのすべてを説明することができませんが、もし映画化という計画が現実化するとしたら、その中心人物となって赤ん坊を育てることになる人のいい男子学生には、当時デビュウして人気を得ていた、剽軽もので明るく軽快な演技でも評価されている柳沢慎吾さんを起用しようと思ったりしながら、それらの作業は横浜青年会議所の方々にお任せして、私はもう角川書店の作業にかかっていましたので、「エプリル・シャワー物語」の映像化に関してはほとんどお任せ状態でしたが、その間に徳間書店も編集担当のOさんは、キャンペーンのために、サイン会を企画して下さいました。6月5日のことです。横浜大仏次郎博物館での読者との懇親会を開くことになったのです。横浜の港が見える丘公園にある「鞍馬天狗」などで評判の作家大佛次郎さんの文学館でした。


  「徳間・大佛次郎記念館・案内板」1.jpg 「徳間・大仏次郎記念館を望む」1.JPG 「徳間・大佛次郎記念館」1.JPG


紹介した写真は、今から31年も前のことですから、もうあの時集まってくれたファンのみなさんも、みな40代になっていらっしゃるはずです。今頃はどんな青・壮年気を迎えていらっしゃるでしょう。皆さんにとっても、それぞれの思い出に繋がる光景ですが、残念ながら一人一人のお名前も判りませんし、追跡して掲載の許可を取るということもできませんので、思い切って当時を懐かしく思いながら掲載に踏み切りました。どうかご了承下さい。


                    「徳間・ファンとの交流1」1.jpg  「徳間・ファンとの交流2」1.jpg


                           「徳間・ファンとの交流」1.JPG


残念でしたが、横浜を舞台にした青春物語は映画にすることは出来ませんでしたが、作中で活躍した登場人物たちは、今でも生き生きと存在しています。ヒーローになりそこなってしまった幻の柳沢慎吾さんもまだ元気な姿をテレビで拝見しますが、その度に私は幻となってしまった映画のことが思い出しています。


 みなさんとはコロナのために出会うこともできませんが、どうか元気でお過ごし下さい。


私も高齢にはなりましたが元気いっぱいです。まだまだ頑張るつもりでおります。


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