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思い出作品の部屋☆ 思17「危機一髪・天之稚日子騒動」 [趣味・カルチャー]

 

雑誌「WOWO」が発売になって間もなくのことでした。



 私はこれで新たな仕事場を広げることになったという、開拓という目的を果たしたという満足感に浸っていました。


 ただ連載を始める時に、編集のUさんに希望したのはイラストレーターが、これまでの人とは違って色鉛筆で描く人だということで、ある種の不安はあったのですが、それも面白い効果を出すことになるのではないかという計算があってお願いしました。しかしやっぱり仕上がってきたものは一寸計算していたものとかなり違っていたのです。直ぐに次回から神々の世界の厳しさを描くことになるので、それに見合う力感と厳しさの漂う表現が、可能になるような工夫をして欲しいとお願いをしたところでした。


ところがその頃、角川書店の中では大変な騒ぎが起こっていたのです。


 角川春樹社長に親しい関係にある人が、私の新たな作品の連載が産経新聞社を背景にした「WOWO」という雑誌に載っているということを、新幹線の駅頭のキオスクで発見してしまったのです。そのためにその情報は直ちに報告されたようなのです。


 たちまち社内には激震が走ったようです。


 当時社長は古代の日本についての造詣が深いということもあって、その原点ともいえる宇宙の草創期の話が角川書店から出版されるということは、許しがたいことだったのでしょう。


 残念ながらまだ私にはその頃まで、社長の超古代史についてまで、並々ならない興味、関心が深いものであるということについては気が付いていませんでした。勿論マスコミではそれらについての話題が取り上げられることがありますから、その程度のことについての智識は持っていたのですが、他社で古代史・・・しかも現在独走状態の「宇宙皇子」の時代よりもはるかに古い、所謂神話の時代ともいわれる時代にまでその関心が及んでいるとは思ってもいませんでした。


私はまったくそういったものの出版については、まったく問題になるようなことはないという思いでいたのです。連載の執筆を依頼してきたUさんの企画に乗って、「天之稚日子」という超古代の神話時代の話を書こうと提案したのです。言うまでもなくUさんは大変喜んでその企画に乗って下さいましたので、私の希望通りに出雲の取材もOKであったことから、大学時代から親友であった島根新聞社の編集局長となっていたU君に連絡して協力を求め、前述のような史跡探訪を行ったりしていったのです。それがキオスクという通勤客の目に触れて、どんな関心を持って貰えるのかその反応に楽しみにしていたのです。新たな出版社との仕事ということもあって、新天地の開拓のきっかけを作ってくれたUさんには感謝していたのですが、そんなある日のこと角川書店からの大変な衝撃ぶりが伝えられてきたのです。


 「天之稚日子」の発表をそれまでまったく気づかず聞いた編集の上層部は、早速私への強い要望を伝えてきたのです。連載の中止というかなり強い要望です。それはとても通常の依頼とはとても思えないものでした。「宇宙皇子」の編集長を越えた人たちから、直ちに連載の中止をして貰いたいという依頼です。場合によっては現在進行中の「宇宙皇子」も発売中止ともなりかねない状況になってしまったのでした。勿論そんなことを望むはずはありませんし、角川書店と悶着を起こすのを覚悟の上だということはまったく考えてもいません。私も予想もしていない反応に狼狽してしまいました。依頼のあった出版社からの作業を、一生懸命にこなして実績を積みたいと思っていただけなのですから・・・。


 私には残念な気持ちがかなりありましたが、現在進めている「宇宙皇子」を中心とした作業に肩入れをしてくれている角川書店の申し入れを拒否するわけにもいきません。超古代の歴史に関しては春樹社長が大変興味を持っていて、その道の造詣の深さのために他社で作品を発表されることは絶対に許可できないという申し入れをしてきたのです。社長自らも連載を止めて欲しいというかなり強硬な申し入れをしてこられたのです。


拒絶することは出来ないと考えました。


 私は仕事を持ち込んできてくれた編集者のUさんに事情を打ち明けて、今後の連載が気持ちよくできなくなったということを告げたのですが、彼女は角川書店の強引な要求に激しく非難してきました。私には何とも返答のしようがありませんでした。しかし彼女はこれまで勤めていた会社が角川書店であったことや、仕事のあり方についてどうしても納得ができないことがあって退社した経緯があったことをはじめて告白されて、この日ばかりはいささか意外なほど興奮気味で角川書店の要求を非難しつづけました。詳細については判りませんでしたが、角川書店を退社してフリー編集者として活躍し始めた彼女は、目下化角川書店を一気に出版界の注目の会社にしてしまった私を、他社で仕事をさせることでこれまで解消できないでいた無念な思いを一掃してしまおうとしたのかも知れません。しかし彼女の思いはどうあろうと、俄かに私自身に降りかかってきた大問題・・・始まったばかりの連載を中止してくれという角川書店からの申し入れを、サンケイ出版に承諾して貰わなくてはなりません。ところがそれから間もなく連絡が来たのは、彼女からではなく、サンケイから引き付いてあの作品を、扶桑社という出版社で図書として出版する予定でいた重役であるI氏から連絡が入ったのです。


私は早速お会いして事態の収拾についてのお願いを説明したのですが、困ったことになりました。彼は私がかなり前から関係のあった、フジテレビの現重役でもあるというのです。I氏は兎に角強硬で絶対に扶桑社で文庫化するというのです。これまでの関係を考えると彼の要求を簡単に説得することは出来そうもありません。


しかし角川春樹社長の意向も無視することも拒否はできません。


私は絶体絶命のピンチに追い込まれてしまったのでした。


しかし何としてもこの苦境を乗り越えなくてはなりません。不調に終わった会談から帰る途中、映像という世界でつながりがあるということがヒントになって、この人にすがるしかないと思いついた人がありました。


当時フジ・サンケイグループで絶対的な権力を握っていたニッポン放送の社長であるK氏とのことです。


かつて「宇宙戦艦ヤマト」のオールナイト放送を行った時に、彼は番組には関係はなかったのですが、人気DJとしてニッポン放送の花形であったということもあって、私とも出会いがあって、親しくお付き合いをさせて頂いていたのです。勿論今はその頃と立場が大きく変わっていたのですが、今やフジ・サンケイグループのトップであるニッポン放送の社長に君臨していたということを思い出した私は、もうこの人にお願いするしかないと考えて、出版界での事情を理解していなかったために起こってしまった不始末を克明に説明して、サンケイ、フジテレビへの失礼を何とか許して貰えないだろうかと懇願したのです。勿論サンケイ、フジテレビの要求はもっともなことではあるのですが、現在仕事の拠点といている角川書店の社長からの申し出を受け入れざるを得ないという苦しい立場を理解して頂いて、I氏との話し合いに乗り出して下さることになったのです。


詳しいことはお話することが出来ませんが、それから間もなくK氏から連絡がありました。扶桑社が出版から退くということが伝えられました


勢いに乗って世界を広げようとした、新人作家の犯した間違いでしたが、思わぬ人間関係のお陰で危機を脱することができたのでした。


現代ではとても通用しないような、影像から活字の世界へ移り住んで間もない頃の失敗談の告白でした。


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