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アニメと音楽の部屋☆ ア58「脚本家としてやれることは」 [趣味・カルチャー]

  

かつて活躍していたテレビ・アニメーションの世界が大替わりしていく中で、突然出版界に出現したのが「宇宙皇子」でしたが、どうしてあの本があのように出版と同時に火がついてしまったのでしょう。ほとんどの方は気が付かなったに違いありません。出版界の方はこれまでまったく無視をしてきた映像の世界から、俄かに移動してきたような混乱状態になってきていました。そんなところに開花したのが「宇宙皇子」だったのです。


 これまでとまったく異質な進化したロボット社会が跋扈するアニメーションに馴染めない、ある意味で映像の世界から見放された世代の人々は、かつて夢を見てきた世界を、別の形で展開する「宇宙皇子」にのめり込んできたのではないでしょうか。これまでには考えられない小説の世界に、希望を求めた若い集団が想像を越えた社会現象をもたらしてきたように思えます。何もかも時代の進展で起こる社会現象であることに違いありません。そんな時代の変化の中でもみくちゃになりながら、私は活字の世界と映像の世界に挟まれながら、何とか「トランスホーマー・ザ・ヘッドマスターズ」のテレビシリーズ第一話を書き上げなくてはなりませんでした。


今回はこれまでと違った進化した世界を描こうという意図のもとで、新たな魅力をグレードアップしたロボットの姿を展開して見せようというのです。しかしなかなかそこに展開する世界に馴染めないのです。


私はこれまで映像作家として活動している頃には、慕ってきた若い脚本家に対して「引き出しの多い作家となるように努力しなさい」とアドバイスしつづけていたのですが、実はこの頃になると携帯でもパソコンでも、「検索」という便利なものが用意されていて、知りたいことのあらましについては簡単に手に入れられる状態になってきていたのです。これまでの脚本家には、生きていく中で広がる人間関係、社会生活を通して、自然に体感したりしていく知恵というものがあって、脚本家が話の進行上で困難にぶつかっても、「あの時の経験を利用して、ドラマの中での困難な情況を突破すればいいのではないかということが閃いて、そのお陰で困難を突破することが多かったのです」が、実社会生活が複雑化してくる中で出て来る問題が多くなってきている現代では、ただ「検索」を利用しただけで簡単に困難を乗り越えられることを知ってしまうと、特別その人の特色のある智恵の発揮ということが見られなくなってきていました。しかも現代のように日進月歩で進化していく時代になっている時に、このロボットたちを使ってどう表現すれば、今起こっていることが表現しきれるのだろかと考えこんでしまうのです。


私は兎に角与えられた映画の「トランスフォーマ」の設定書を見つめながら、このロボットのメカをどう動かすことが、そのシーンの中で生きるのであろうかと考えると、とても文章的に書ききれないということにぶつかってしまったのです。


これまでの人生経験上、様々なことに出会い、思いがけないことを発見するようなことがいろいろありましたので、それらのものが知識となって脳裡に蓄積されて、編集者やプロデユウサーから、ここは他にもっと面白いアイデアはありませんかとか、ここで人生が変わるようなきっかけは作れませんかとか、何とかこの危機を突破するアイデアはないでしょうかなどという要求が出た時にそれではこんなものはどうでしょうと、書かれたものとは違ったアイデアが提案できる状態であったのです。それで脚本家としての真価を認めさせることになったのです。そんなことから様々なアイデアがいろいろな心の中の引き出しの引き出しにしまってあることが、作家たちの誇りでもあったのですが、現代の映像界では、そういったため込んできた知識では解決しないものが、縦横無人に動きまわるのです。そうした生命体の動きは一体どうしたら脚本家として書き止められるのでしょうか。そんなことを考えると、現代の進化した生命体であるロボットを描くには、活字でその動きを描ききるということは不可能なのではないかと思うようになったのです。影像を動かして縦横に活躍させるには、もうアニメーターでなくては不可能ではないかと思うようになったのです。知能まで持ってしまったメカニズムは、もう文章で書き止めることは無理だと思うようになりました。とても人間的な発想をするわけありませんし、ロボット同士にそうした心の働きと言うものがどう働くのだろうかと考えると、とても表現することは不可能だと思うしかなくなってしまうのです。


 「とても脚本家としてこのロボット社会を描ききることは出来ない」


 これらの社会現象も、すべて時代の進展で起こる社会現象であることに違いありません。そんな時代の変化の中でもみくちゃになりながら、私は活字の世界と映像の世界に挟まれながら、何とか「トランスホーマー・ザ・ヘッドマスターズ」のテレビシリーズ第一話を書き上げていたのでした。


                                             「トランスフォーマー」(テレビ台本)1.jpg


  私は悩んだ末に、当面の話の進行となる目安を書くと同時に、これ以上は書きつづけることが困難であるということを申し出て、後は脚本家の仲間であるTA氏とYAにシリーズを書いて貰うことにして、実作業からは遠ざからせて頂いたのでした。


 時代は変化と変身の時代だということで、その後ミリオン出版から出たトランスフォーマの雑誌に、「時代はメタモルフォーゼ」ととらえたエッセイを書かせて貰いましたが、


テレビ・アニメーションはロボットが、これまでにない生命体として動きまわる様子を、如何に生き生きと描かれるかによって勝負するようになっていったのでした。


もう脚本家がその姿を書ききることには限界があります。もはや現代のアニメーションは、アニメーターの手腕で出来不出来が決まってしまう時代になってしまったのでした。


私は悩んだ末に、当面の話の進行となる目安を書くと同時に、これ以上は書きつづけることが困難であるということを申し出て、後は脚本家の仲間であるTA氏とYAにシリーズを書いて貰うことにして、実作業からは遠ざからせて頂いたのでした。


 時代は変化と変身の時代だということで、その後ミリオン出版から出たトランスフォーマの雑誌に、「時代はメタモルフォーゼ」ととらえたエッセイを書かせて貰いましたが、


テレビ・アニメーションはロボットが、これまでにない生命体として動きまわる様子を、如何に生き生きと描かれるかによって勝負するようになっていったのでした。


もう脚本家がその姿を書ききることには限界があります。もはや現代のアニメーションは、アニメーターの手腕で出来不出来が決まってしまう時代になってしまったのでした。


                                       「トランスフォーマ談話」(平成23年8月2日・ミリオン出版)1.jpg


私に時代の進化を知らしめた番組でしたが、もう何年も前から私のするべき世界ではなくなっていたということを、改めて知らされたのでした。そしていずれ私は、活字の人間になったのかそれとも映像の世界に留まりつづけるのかということを、そろそろきちんとしておかないと、私自身その立ち位置に混乱が起ることになってしまうだろうという時が訪れると思えてきたのでした。


 たかがアニメ―ションされどアニメーションです。


 「トランスフォーマ」という番組にかかわったお陰で、これからの進むべき道筋を決定的にした瞬間でした。


                                        「ザ・ヘッドマスターズ台本」1.jpg


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