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ドラマと特撮の部屋☆ ド41「カセットブック発売の謎」 [趣味・カルチャー]

  

1985年の「宇宙皇子」シリーズという小説の発売された時から数年間・・・つまり1989年ぐらいまでの四年強という時代は、小説の大きなヒットということもあって、兎に角私の身辺はこれまでとは違って、とても表現できないくらいに過剰なくらいの作業に立ち向かわなくてはならなくなっていましたが、時間がたって思い返すと、その間に関係者が行った様々な行為には、秘められた思いというものが込められていたのだということが次第にはっきりとしてきます。


今回は1988年年12月に、社長が行った「宇宙皇子カセットブック」の製作・発売ということと、やがて1991年10月に制作・発売した「天上編宇宙皇子」のビデオとの行為には、思いがけない社長の思いが込められていたように思えてくるのです。すべては1989年3月に行われた、「地上編宇宙皇子」のアニメーション映画の公開の前後に行われたということです。今回はそのはじめの行為である「カセットブック」の発売についてお話しようと思いますが、社長はどうして映画が公開される直前にわざわざ「宇宙皇子」のラジオドラマを発売するようなことをしたのでしょう。どうも公開されるアニメーション映画との関係があったとしか考えられません。


 実は「宇宙皇子」の映画に関しては副社長が指揮を執っていたのですが、一応映画の制作者は社長ということになっています。しかしその内容は社長の意に叶った者とはなっていないということに気が付いたからではないでしょうか。


 しかしあの頃「宇宙皇子」は連打する状態で、の出版界の空気というものは大変な勢いで、出版社が絡んだ依頼ではなくさまざまな公共機関からの講演会の依頼が私のところには飛び込んできていたのです。冒頭の話とは違ってしまいますが、当時の私を取り巻く空気というものもお話しておこうと思います。1985年に出版されるとその半年後には、私の住んでいるところのごく近くの図書館もある深沢区民センターから講演の依頼があって、市民のみなさんとの対話をさせて頂くことになりました。前にも書いたことがありましたが、この時を機会に書店へ伺うと若い読者とも出会うことがあり、そこで率直な意見を聞くことができましたが、意外にも小説の内容についての注文ではなく、このあたりの書店だとなかなか目的の「宇宙皇子」を手に入れることが出来ないというのです。いつも渋谷・新宿の大手の書店まで早めに出かけて、やっと手に入れるということでした。作家としては地元で自作が容易に買って頂けないのは残念なことですから、帰宅してから直ちに角川書店にお願いして、出版と同時に近くの書店に配本をして頂けるようにお願いしたことがありました。


                         「宇宙・深沢区民センター1」1(1988313).jpg 「宇宙・深沢区民センター2」1(1988313).jpg


これは講演会を行ったいい結果ということであったと思うのですが、もう一寸高齢の社会人である「学校図書館研究会」という方々は、若い人にどんな映像作品が好まれるのか、そしてどんな小説が好まれるのかということで、私に「宇宙戦艦ヤマト」についての話と「宇宙皇子」を生み出したきっかけについての話をして欲しいということで中央沿線の三鷹の教育関係の会館へ招かれたことがありましたが、この時の講話が大変によかったということで、その後も再び同じようなテーマでお話をしたことがありました。


やがて上尾図書館。亀有図書館、八潮図書館などからの講演依頼がつづきました。


                           「宇宙・学校図書館研究会1」1(199873).jpg 「宇宙・学校図書館研究会2」1(199873).jpg  


兎に角作家が講演会のような形で一般的に姿を現してしまいますと、社会人として覚悟しておかなくてはならないのは、日常生活の場で様々な人々とすれ違うことも多いのですが、もちろん私はこれまで通り自由に散策に出て、近くの文房具店や書店を数軒巡って息抜きをすることがあるのですが、その間に自宅に電話が入って、「今、お宅のご主人が散歩している姿を見かけたわよ」という報告が入ってきたりしたようで、講演会などで姿を公にさらしてしまうと、今までのように見知らぬ存在として気楽な散策などは出来なくなります。更に広げたお話をすると、電車などでの車内広告でその月の出版物が公表されることにもなります。そんなことがきっかけで、「神戸学院大学女子高」や「奈良智辯学院」から講演の依頼があったり、集英社の文化振興団体と中国新聞が共同で企画をされた週国地方の高校を巡る講演会に駆り出されたりいたしました。


 「地上編宇宙皇子」の映画制作が発表されたのは、そんな最中のことでした。


やがてその制作の進行状態が盛んにマスコミに発表されて、映画の公開が待ち遠しという状態になっていた最中に、1988年12月1日に「宇宙皇子カセットブック」というラジオドラマ集が日本コロンビアから発売になりました。その制作・発売はあくまでも社長名で行なわれています。


                                  「宇宙皇子カセットドラマ」1.jpg


私にとっては脚本家になるきっかけとなった分野で、学生時代には脚本賞などを受賞したりしていた世界でしたが、大学を出る頃から始まったテレビという新しい文化に活路を求めて飛び込んで行きましたが、兎に角ラジオドラマという世界には、ある種の郷愁という感慨もありましたが、すでにお話しましたが今回は脚本家としてではなく、あくまでも原作者として向かい合うことになりました。ドラマを制作するのは、当時芸術祭参加作品を制作しつづけてきた文化放送の演出家の鈴木久尋さんが制作するということで、私は若手の放送作家の中から富田祐弘・寺田憲志・武上純希氏という面々は映画制作のための脚本を共同で執筆してもらいましたので、今回のラジオドラマには若手の放送作家から神戸一彦・武上純希に若手の作家で弟子でもある森川潤氏を指名して執筆して貰い、出演者はほとんど青二プロダクションの実力者が中心になって固めて貰いました。映像とは違った独自色の出せる分野での演技で楽しんで頂けたのではないでしょうか。思いがけずプロローグの語りを私がやれということになりましたが、かつてラジオの構成番組を担当していた頃、今回は思い切って脚本家が語ってみて下さいという提案があって、音楽番組の中の一ページを語ったことがありましたので、恥ずかしげもなくデレクターの提案に乗って、オープニングを録音させてもらったのでした。


兎に角大学時代を思い出すようなスタジオの雰囲気を思い出しながら、30分のドラマが録音されていくのを見学させて頂きました。しかしおそらく小説が朗読作品としてはかなりの数の作品が制作されてきたと思うのですが、今回のように本格的なドラマとして制作されるということは実に珍しいことではないでしょうか。私はそんな意味でも大事にしているシリーズなのです。


こんな作品を社長が、なぜ映画の公開が迫っている時に、制作・販売などしたのだろうか。時を経て考えると、どうもその行為には、何か秘められたものが会ったのではないかと思えてきたのです。しかもそうした社長の不可思議な行為の裏には、もう一つの謎があったのではないかと思われるものが会ったのです。それは映画が公開された後から発売された「天上編宇宙皇子」のビデオの発売です。じっくりと思い返してみると、社長の二つの行為には、ある思いが込められていたのではないかと思うようになってきたのです。兎に角今回の「カセットブック」発売は1988年12月ということですから、はもう30数年も前のことです。手に入れたくても容易には出来ないと思います。


ラジオドラマが好きだという方がいらっしゃいましたら、是非発行所の角川序店か制作協力の日本コロンビア株式会社にお問い合わせ下さい。しかし現代ではそんなことをするよりも、


「ネットで検索すれば、たちまち手に入ることができるのではありませんか」


あっさりとそう言われてしまうかも知れませんね。


 それよりは、先ず次のお話を読んでみて下さい。


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