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閑話 嵯峨天皇現代を斬る その一の七 [趣味・カルチャー]

      第一章「卓越した指導者といわれるために」(七)


        為政者の課題・「評価は天が決める」


今回は承和八年(八四一)のことです。


王朝を率いてから十四年もの間、政庁をひきいていらっしゃった嵯峨天皇は、かつての経験から朝廷に騒乱が起る原因となる、後継をきちんとした決まりに従うということがなかったことから、次は我が子ではなく同じ桓武天皇の子であった大伴親王(おおともしんのう)に譲位なさったのです。それからは太上天皇として政庁から退かれたのですが、れから十年淳和天皇の為政となりましたが、やがて彼は嵯峨太上天皇との約束どり、皇太子として協力してこられた太上天皇の第一子である正良(まさら)親王へ譲位して、政庁から退かれたのです。


その時から仁明天皇の施政の時代となり、もうすでに七年が経過しています。


嵯峨太上天皇も正確ではありませんが、即位された時が八〇九年で二十四・五歳といわれていましたから、それから考えると五十七歳前後になっていて、この頃は体調を崩し気味でしたが、時に応じて訪ねてくる仁明天皇を相手に、政庁での問題については報告を受けながら指示を与えていたように思えます。しかし英邁の為政者も、いよいよ晩年の時を迎えているように思えます。一体、太上天皇の気構えはどのような状態だったのでしょうか。


為政者・仁明天皇(にんみょうてんのう)


承和八年(八四一)三月二十八日のこと


発生した問題とは


 仁明天皇を取り巻く環境はかなり騒がしく、厳しいものがありました。


嵯峨太上天皇とご縁の深かった空海が興した、高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)が、定額寺(じょうがくじ)として認められて真言密教の修行の場として活動し始めましたが、の頃は日照りが続く上に風害があって、政庁は出羽国の百姓二万六百六十八人の税について一年間免除しましたのですが、信濃国がってきたのは、地震が起って一夜の間に雷鳴のような音がおよそ九十四度も聞こえ、(かき)や建物が倒壊して、公私ともに損害を被ったといいます。農民は勿論のこと町に住む民も暮らしに厳しいものがあったのです。


神仏に頼ろうとする政庁の思いは勿論ですが、ついに強い神霊を期待して、古の神功皇后(じんぐうこうごう)の霊に頼ったりもいたしました。ところがそのうちに、宮中にものの怪などという得体の知れない怪物が現れたりするようになるのです。


一気に不安が高まる中で、今度は日照りがつづき、更に激しい風雨に見舞われてしまって、そのために洪水が起こって家屋を流されてしまうという被害が、続出してしまうのです。


やがて天皇は災害がつづくのをご覧になってこうおっしゃいました.


 


「天平勝宝四年謄勅符によれば、『先に寺の周辺での殺生を禁止したが、今聞くところによると、時間がかなり経ち、禁制がほとんど行われていないので、もし違反者がいれば違勅罪とする』とあるが、春秋に猟をし魚を釣ることが行われていても仕方なく、殺生の止むのをひたすら待つだけの状態である。しかし、寺の周辺や精舎の前は固より仏教の悟りの土地であり、漁猟の地ではない。聞くところによれば、有力者が法を憚ることなく、国司・講師が監督していないのにつけ込んで、寺内で馬を走らせ、仏前で鳥を屠るような濫りがわしいことが、数えきれないほどだという。災いの兆しは必ずしも点が下さず、民が自ら招く者である。はなはだ嘆かわしいことである。重ねて五畿内・七道諸国に命じて、寺の周囲二里内における殺生を厳しく禁止し、もし違反者がいれば、六位以下の者には違勅の罪を科し五位以上の者は名前を言上書。(おもね)り、見過ごすことのないようにせよ」(続日本後紀)


 この後は、「直により、大和国添上郡の春日大神(春日大社)の山内に「おける狩猟と木帰を、透谷の軍司に命じて、特に厳しく禁止させた。


そんなところへ大宰府(だざいふ)から連絡があって、新羅(しらぎ)張宝高(ちょうほうこう)が先年十二月に、馬の鞍を献進してきたというのです宝高は新羅王の臣下です。そのような者による安易な貢進は古来の法に背いているいうので、礼をもって辞退し、早急に返却せよと指示されました。


彼らが持参してきた物品は、民間での売買を許せと指示します。


人々が不適切な購入により、競って家産を傾けるようなことのないようにせよ。また手厚く処遇し、帰国に要する食料を、従前の例に倣い支給せよと指示いたしました。


 


 同じ頃病床の嵯峨太上天皇は、これまでの自らの為政について、天帝がどのような評価を下そうとしているのだろうかと、思い巡らしていらっしゃったのです。


 見舞いに現れた今上が、官民共に太上天皇の積み上げて来られた為政を評価して、ひたすら回復を祈っていると伝えるのですが、太上天皇からは、


「朕の評価は天帝がお決めになられる」


そうお答えになられただけでした。


為政者はどう対処したのか


 「優れた人物が規範を定めると、天の意向に従って事が運び、天は手本となるものを弘め、人の行動によって感応するものである。朕は徳が少なく愚かであるが、謹んで行為に就き、己を虚しくして励み、日々に慎み、古の聖君子の治国の道を追求し、先代の民を安んじた方針をたどって採り、人に疫病がなく世が安らぎ治まることを期してきた。しかし、朕の誠意は実現せず、咎めのしるしが出現し、大宰府は肥後国阿蘇郡神霊池が、例年ならば水を湛えて水旱(すいかん)出来(しゅったい)しても変化がないのに、今年は四十丈も()れたと言上してきた。朕は静かにこの災異のしるしをはなはだ恐れるものである。亀卜によると、日照りと疫病の前兆だという。そこで過去の優れた人物に倣い、前代の手本に即して恩恵を施し、この災害を防ごうと思う。旱魃は異常な大規模災害にならないかぎり、日頃の努力より対処できるものである。灌漑用の池を修理し水不足にならないようにすべきである。また、大宰府管内は西日本の鎮めの地域であるだけでなく、災異のしるしが出現した土地である。府官人は最大限に慎み、不虞に備えよ。遠方にまで布告し朕の思いを知らせよ」(続日本後記)


 そんなある日のこと、日食がありました。それに対して天皇はこうおっしゃいました。


 「神霊の感応は、誠意がなくては通じず、帝王の功績は、道理によらなければ、達成することが出来ないものである。五畿内・七道諸国に命じて、国司・講師が相共に斎戒して、管内の諸寺において「金剛般若経」を転読し、朝廷にあっては天皇の寿命が延び、国内で若死の心配がなく、併せて適切な風雨により穀物が豊稔となるようにすべしである」(続日本後紀)


 太陽は血のように赤く見えたが、間もなく常態違に戻った。


 「この頃ほどよい雨が降らず、農民は農作業を取り止めている。もし神霊に気がしなければ、よき苗を損なう恐れがある。松尾・賀茂・乙訓・貴布禰・垂水・住吉・雨師の神に奉幣して、よき雨を願い、風災を防ぐべきである」(続日本後紀)


 天皇は災害に対して、どう備えるべきなのかということで苦悩していましたが、同じ頃為政のすべてを終えて、天帝は太政天皇の生涯に、どんな評価を下さるのだろうかと思い巡らしていました。


 様々な形で襲いかかる現代の我々にとって、それはどんな問題提起になっているのでしょうか。


 すべてを淡々と受け止めて、その生涯の評価を天帝が下して来るのを受け止めようとしている太上天皇ですが、今為政を預かる天皇は必死で、次々起こる困難を乗り越えようとしています。それはあくまでも天命の評価を受ける時のためにも、まず民・百姓の困難をどう解消してきたのだろうかと真摯に考えるのです。


 現代の為政者がすべてこれほどまでに、自らの為政に対しての責任を感じながら責務をこなしていらっしゃるとは思えませんが、せめてこれまでの政治生活について、天帝にその評価を問いかけてみるだけの真摯さを持って頂きたいと思います。しかしそれと同時に、我々はどうでしょうか。生涯を終える時に、天帝からの評価がどうあるのだろうかと考えたりするでしょうか。やはり嵯峨太上天皇の心境に近いのではないでしょうか。すべて一生懸命に生きた結果です。それをどう評価してくれるか、淡々と受け止めるしかないように思えるのです。


 災害と必死で戦う我が子今上天皇を思いながら、病床の


嵯峨太上天皇はその時を静かに待っているのでした。


温故知新(up・to・date)でひと言


 


そんな時こんな言葉を思い出すといいのかなと思ったりしています。「蓋棺事定(がいかんじてい)という言葉です。生前にやったことについての評価は当てにならないものなので、棺の蓋をした時にはじめて、その人の真の値打ちが決まるということが言われます。あなたは生涯を終える時、天帝からどんな評価が得られると思っていますか。地位も名誉も財産も、所詮自分の思い通りにはならないものだという言葉に、「富貴在天(ふうきざいてん)というものがあります。富や位を手に入れるのは天命によるので、人の思うようにはならないということです。卑近な例として紀州の大富豪が不可思議な死を迎えたという事件がありました。あの富裕ぶりが羨ましいと思ったりしたでしょうか。ほとんどの人は否とお応えになられたでしょう。結果はあまりにも悲惨です。人生の評価を決めるのは天帝です。富を得たり、地位を得たり、名誉を受けたりすることに腐心するよりも、先ず目指すことについて誠心誠意努力して生きましょう。「陰徳陽報(いんとくようほう)ということも言われます。人知れず善行を積めば、必ずよい報いとなって現れてくるということもあります。心澄ませて生きましょう。その結果は最後の最後に決まります。天帝のいい評価が出るように、気持ちを整理して精一杯頑張ってみましょう。


 


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