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閑話 嵯峨天皇現代を斬る その二の四 [趣味・カルチャー]

 

      第二章 「安穏な暮らしを保つために」()


        為政者の課題・「武器は時と共に古くなる」


今回は承和二年(八三五)のことです。


嵯峨太上天皇の御子正良親王(まさらしんのう)が、淳和天皇(じゅんなてんのう)から譲位されて、仁明天皇(にんみょうてんのう)として為政に取り組み始められているところです。


実はこの譲位については、かねて嵯峨太上天皇が在位中に知った皇統の引継ぎについては、常に騒動が起こっていたということを実体験していたのです。


それは「第二章の安穏な暮らしを保つために」(一)「その二の一」「戦力の不足を知る」という閑談で詳しく触れていますが、嵯峨天皇は十四年という統治を行ったところで、同じ桓武(かんむ)天皇の御子である大伴(おおとも)親王に譲位して淳和(じゅんな)天皇(てんのう)して政庁を指揮されてられたのですが、天皇もこれまで繰り返されてきた権力闘争の原因を調査した結果、先帝のおっしゃる通り、権力の継承はきちんとした決まりとしおきたいという気持になられて、十年という統治を行ったところで、嵯峨太上天皇の御子皇太子として勤めてこられた正良(まさら)親王に譲位されることにしたのでした。それから二年し頃の話です。


為政者 仁明天皇


承和二年(八三五)三月十二日のこと


発生した問題とは


相変わらず各地に地震が起って、民心を騒がせているというのに、その最中に夜盗が跋扈したりするようになり、その取り締まりに腐心していらっしゃいます。ところがそんなところへ、更に心配なことが大宰府あたりから報告されてきたりしたのです。


 承和二年(八三五)も三月になりますと、これまで親密に使節がやって来ていた渤海(ぼっかい)国の使節が、ほとんど姿を見せなくなっているということが気になっていたところなのですが、大宰府の政庁から緊張する知らせが入ってきたのです 


壱峻島(いきとう)は遠く離れた海中にあり、土地は狭く人口もわずかで、危急に対処するのが困難です。年来新羅(しらぎ)商人が絶えず狙っていますので、防人(さきもり)(東国から派遣される北九州の守備兵士)を置かないことには、非常事態に備えることが出来ません。雑徭(ぞうよう)(民に課した無償の労働義務)を負担している島人三百三十人に武器を持たせ、十四か所の要害の岬を守らせたいと思います」(続日本後紀)


古代でも武器が時代と共に古くなってしまうということが問題になっていたことがあったということが判ります。まして二十一世紀の今日では、新しい武器の開発は日進月歩という状態で、各国では自国の防衛ということに関しては、神経を使わなくてはならなくなっています。言うまでもなく我が国についても、どうしておくことが安穏でいられるのかという問題は、武器が新しいか古いかということではすまない問題がありますね。


 政庁では遣唐使船の派遣を前にしていたこともあって、大宰府に命じて、綿甲(めんこう)(表裏を布で作り、その内側に綿を入れて矢石を防ぐ)百領、(かぶと)百口、袴四百(よう)を用意して、遣唐使船が予期せぬ事態に遭遇した時のために、備えさせたりいたしました。しかしそんな治安という問題から離れると、若い天皇はいつか御子への皇統の継承という夢をふくらませていらっしゃったのです。


後ろ盾に嵯峨太上天皇という強力な方が存在していらっしゃるとはいっても、全てが望むように進められるまでには、まだ充分に条件が満たされているとはいえません。


(時よ、緩やかに歩め)


ひそかにそう祈っていらっしゃったのではないでしょうか。


それから間もない三月二十一日のことです。


嵯峨太上天皇の心を通わす友であった密教の空海は、六十三歳で遷化してしまわれたのです。


これまで何かの時に政庁の支えとなってこられた彼がいなくなるということは、為政者にとって不安な要素が広がります。どうも近隣の国の動きに気になるところがあるのです。天皇にとっては遣唐使の唐国への派遣という大きな事業を控えているところです。


為政者はどう対処したのか 


 海外の文化芸術、政治の様子を知ることはもちろんのこと、異国の動きを知るためにも欠かせない大きな役割を果すことになることから、嵯峨太上天皇が望んでいた大きな事業でしたが、これまでそれを成功させることができませんでした。そんなこともあって、その御子である仁明天皇は父の夢を果すことになると、必死な気持ちでいらっしゃったのです。


 時代が新たな時を刻みながら変化していくのに対処するために、天皇は次のようなことを発表されました。


「『易経(えききょう)』に上を損じて下を益すれば民が喜ぶとあり、安らかで(つつま)しくすることが礼に適っている。王者はこの原則に従うことで古今一致している。朕は才能がなく愚かであるがよきあり方に従い(ととの)えようと思う。おごりを辞め倹約に務めたいというのは、早くからの朕の気持ちである。今いる朕の子には親王号を避けて、朝臣姓を与えることにする。嵯峨太上天皇は限りない御恩の上にに恩沢を加え、子を一様に源氏とし世々別姓を設けず本流も分派も同様とした」(続日本後紀)


 政庁の内にもかなり源氏を名乗る者が入り、皇族の援護ができるようになっていましたから、天皇は嵯峨太上天皇の為政を受け継ぐことを強調して、公卿たちに不安感を抱かせないようにしていらっしゃるのです。


 時代の変化によって、何事にもあまり積極的な意志決定をせずに、流れるままに生きるような無気力な気風が広がっていきつつある世相であった上に、諸国で疫病が流行って苦しむ者が多いという知らせが入れば、その元凶である鬼神を封殺するために、般若(仏教の知恵)の力を信じて祈祷をするように指示をしたりいたします。


六月には東海道、東山道の川では渡船が少なかったり、吊り橋が整備されていなかったりするために、京へ調(ちょう)(現物納税の一種)を運ぶ人夫らが川岸まで来たところで、十日も渡河が出来ないなどということがあるので、そのために川ごとに船を二艘増やしたり、浮橋を作ったりもいたしました。


天皇はかつて嵯峨太上天皇が行った、「弘仁」という為政の精神に立ち返ろうと発表したり、努力を積み重ねていらっしゃるのですが、そんな九月のことです。


時代と共に変化してくる近隣諸国の様子も無視できませんでしたが、政庁の者が着目していたのは、蝦夷(えみし)との長い抗争という経験から戦いを有利に導くには、武器は常に新しい威力のあるものでないと有利な状態に持ち込めないということでした。


そのようなことを解決するために、強力な武器の開発も必要だと考えていたのです。万一の時に備えなくてはならないということがあって、辺境での軍事を整えるために嶋木真(しまきまこと)という者が作った、四方に射かけることができる回転式の新しい大弓が注目されました。


大臣以下公卿たちをはじめ諸衛府の者を朱雀門へ招集して、その大弓を試射させたのです。ところがその結果、飛び出す音は聞こえたものの、矢はあっという間に見えなくなって、どこへ落ちたかも判らなかったというようなことが、話題になったりいたしました。


このような問題を取り上げることにしたのは、現代ともかなり接点のある話題だと思うからなのです。


 国の安穏ということで、真剣に考えておかなくてはならないことだとは思うのですが、平安時代とは違って、軍事費の費用が増額されることと、国民の暮らしがどう運営できるようになるのかということが、現代の大きな問題として注目されます。


 これまでマスコミでは、政府は専守防衛という基本に則って日本の安全を守ろうとしていましたが、このところの世界情勢の変化から、ただ単に専守防衛と言っているだけでは対抗できないという考え方から、攻撃を仕掛けてきた敵に対して、どの範囲で先制攻撃をするかということが議論されるようになっています。それを叶えようとすればかなり高額の予算を立てなくてはなりません。


兎に角平和であるための話し合いが進まない限り、いつまでこのような状態でいられるか、保証されるわけではありません。日常生活においても、生活の利便性ということでは家計と相談しながらやらなければなりませんし、利便性だけを優先して考えてしまうと、暮らしそのものの基本を崩してしまうかも知れません。


国を経営する者として考えれば、ただ古くなったからといって武器を処理してしまうのも一考を要する問題です。


日常生活の安定と、危険を排除する用心とをどうバランスよく配慮するかは、為政者の大事な配慮でしょうね。


温故知新(up・to・date)でひと言


 如何に優秀な武器を持つかという利便性ということだけを考えないで、まず平和であるということを考えた時、先人の中には「偃武修文(えんぶしゅうぶん)を心がけてみませんかと呼びかけたものがあります。これは戦争を止めて、文化を高めるということです。(えん)は伏せるということで、偃武は武器を仕舞って使わないこと、修文は文徳を修め法律を整備することです。あくまでも平和主義を唱えるものですが、しかし時代は滄海桑田(そうかいそうでん)といわれます。時勢の移り変わりが激しいものです。兎に角いろいろなことを解明して、果たすべき事業を完成させなくてはなりません。「開物成務(かいぶつせいむ)というのはそのことです。破壊につながる武器の開発ではなく、平穏な状態の中で文化、芸術が開花した中で、暮らしが豊かに実るように心がけたいというものです。


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