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アニメと音楽の部 ア19「複雑な企画書づくり」 [テレビ]

 

映像の企画書といえば、通常は制作会社が作ったものに、その後で脚本家のアイデアなどを入れて実作業となる脚本を執筆するという手順になるというのが普通です。私が原作者となった「さすらいの太陽」の時のように、雑誌へ連載を始める時は私自身が企画書を作って出版社へ持ち込んで部長と話し合って了解を求めて決めたのですが、その映像化に関しての企画は大阪電通とフジテレビが検討してテレビ化という経過をたどったのです。しかし今回は西崎氏と私が始まりです。企画書としてきちんと体裁が整ったものにするには、まだまだかなりいろいろな人の知恵も必要ですし、内容ということに関しても、かなりの検討が必要になるでしょう。時間もかかります。まずは西崎義展氏、山本暎一氏と私の三人で、基本的な話し合いをすることになったのですが、先ずたたき台となる基本的な企画案を書かなくてはなりません。結局私が書くことになりました。

 通常動画番組の企画書は、ほとんど制作会社があらかじめ書いたものを出してもらって、脚本家として企画意図をどう書けばその制作意図にはまるのかという案をつけたしながら、作業を進めていくことになるのですが、今回の場合はあらかじめよういされた企画書というものはないのですから止むを得ません。兎に角これから話し合って、「宇宙戦艦ヤマト」が宇宙の海へ飛び出して、冒険の旅をするという話ができるように、話を纏めなくてはなりません。

 おおむねどんな時代の話にするのかということから、なんで旅をすることになるのかということなど、基本的な世界を話し合った上で脚本家として考えられる範囲で、たたき台用のストーリーを書き上げることにいたしました。

前にも一寸触れましたが、私は講談社の「江戸川乱歩全集」「小栗虫太郎」「夢野久作全集」などという日本のSF作家の作品はもちろんのこと、早川書房の「異色作家短編集」という全集やあかね書房の「青少年SF文学全集」という外国の作品などを読んでいたこともありましたが、どちらかというと欧米の作家の書いた作品の方が好きで、そんなことが活かされるような話ができたらいいなあと思って書きました。

               「ヤマト・設定ストーリー」2.JPG 「ヤマト・設定ストーリー」1.JPG  

 

原稿を西崎氏に渡した後半月もしたころのこと、三人は出会って話し合いをしました。

話の検討はもちろんですが航海の範囲についての提案もあって、それ等を入れ込んでもう一度企画用の設定ストーリーを書くということになったのです。そしてこの日の打ち合わせで、企画書で必要な「宇宙戦艦ヤマト」の全体的な構想は、制作者である西崎氏とそのアドバイザーである山本氏が担当して考えることになり、登場人物や彼らが動く宇宙戦艦ヤマトの艦内の必要なところなどの基本的なところについては、私が考えることにしました。しかしもうこのへんの打ち合わせからは、かなり動画界に詳しい人、SFに詳しい人の知恵が必要です。西崎、山本氏の担当する分野については、かなり詳しい動画界のことは別として、SFに関しての智識については、かなり有力者からの協力が必要だということになりましたが、その辺のことについては、西崎、山本氏に託しました。

また数日後にあらかた基本的な構想ができたというので、いつものように三人の会議をいたしましたが、その結果彼らからこんな航海の構想が提出されたのでした。

                                        「ヤマト・航海図」1.jpg

 

私がストリーを纏めている間にも、西崎氏は海へのこだわりを伝えようというのでしょうか、帆船のすべてを全集とした本を送ってきたりしていましたが、これは宇宙へ出て行く冒険物語が企画されているということを聞いて、何か彼にアイデアを提供したのかもしれません。彼らが二人でどんなことについての打ち合わせをして企画の準備をしたかは、まったく私のあずかり知らぬことです。私はこの航海図を基に、また更にストーリーを書き改めようということになり帰宅しました。

次の打ち合わせまで時間がありましたので、渡辺プロダクションから持ち込まれていた、石森章太郎原作の「星の子チョビン」におつき合いの打ち合わせをしたり、Pプロからの依頼でフジテレビの「電人ザボーガー」を書いたりしていましたが、この頃の私は「宇宙戦艦ヤマト」という、これまでにないスケールで行なわれる冒険物語に興味が高まっていたところです。結局「星の子チョビン」は書かないままであったし、「電人ザボーガー」も31話を書いただけで、ほとんど深入りすることもなく過ぎてしまったのでした。

                                                「電人ザボーガー」1.jpg

半月後には、予定通り西崎、山本、藤川の三人による話し合いを進めました。

もうすでに目標としては小学年世代に向けた、戦艦大和の冒険活劇物に決まっていましたので、その航海に重点が置かれてはし合われ、それにはかなりSF的な知識がないと、視聴者の納得を得る作品にはならないということで、西崎、山本氏による全体的な構想をまとめて貰うことにして、私が登場人物や「宇宙戦艦ヤマト」の大雑把な管内の様子や、ロボットなどの配置ということをさらに検討して煮詰めながら、あらかじめ西崎、山本氏から出された航海図のあらましを書いた絵図に沿ったストーリーが、どんなものになるか考えて貰いたいということで、その日の打ち合わせは終わったのでした。



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告知と放談の部屋☆ 放31「若いSF作家召集。そして・・・」 [テレビ]

 

ようやく西崎義展氏は、動画で何を作ろうかというよりも、どんな世界を取り上げる作品を作ったらいいのかということで、SFの世界というものに焦点を絞ったように思えました。

これまでの作業で、若手とはいってもわざわざ何人もの作家を呼んでアイデアを出してもらおうなどということに、時間と手間をかけて企画を作る手掛かりを掴もうなどということは、特撮の世界でも、なおさら動画の世界でもほとんどありませんでした。円谷プロダクションでも東映動画でも東京ムービーでも、企画はすでにできていてそれに基づいて作家がドラマ化してきたのです。

かつて「ワンサくん」「青い鳥」を制作した時に、これまでのプロデウサーとは、ひと味違ったこだわりを見せたことがありましたので、それを延長して考えると、今回のような試みをすることも、決して異様なことではないのかもしれませんが、兎に角ほかの特撮動画界では考えられません。

 こんな贅沢な作品作りをする西崎氏という人物は、よほど自信を持っている人物なのではないかとさえ思うようになったのでした。

赤坂のビルの一室にある部屋には、うず高くカレンダーが積み上げられていたのが、西崎氏はこの世界名作童話をテレビ動画にした作品をカレンダーにして販売するようです。彼の話ではその売り上げで生活をしている様子でした。

 これまで出会った制作者とはまったく違ったタイプの人でした。

 午後一時頃でしたか、三々五々若手SF作家がやって来て、事務所のある部屋の真ん中に置かれている横長の長い机の向こうに並んで座って頂きました。

私と西崎氏はその前に座って、まるで俳優のオーデションで審査をするような人のように、彼らの前に坐って、話を聞くことになったのでした。

 その時豊田有恒氏はいませんでしたが、あの山本暎一氏のアドバイスで、西崎氏はSf作家協会会長の豊田有恒さんに協力を依頼したのではないかと思いました。一人一人にそれぞれの考える構想を語って貰いましたが、その個別の話についてはほとんど覚えていませんが、それでも三時間はかかったでしょうか・・・。全員の方に発言をして貰った後で雑談に入り、間もなく「ご苦労様」ということで解散ということになりました。 それから私と西崎氏はうず高く積まれたカレンダーの間に移って、SF作家たちの提案についての感想を述べあうことになったのです。しかし間もなく結論は、残念ながら彼らの提案する試みからは採用されるものはないということになったのです。兎に角それらのものを一旦ゼロとして、この後どうしようかという話をし始めたのです。

 しかしこれまでの「宇宙戦艦ヤマト」の始動については、さまざまな人がそれぞれの見解で話したり書いたりしていますが、この日の話し合いについては私と西崎氏しか判らないことです。

 しかし兎に角そんなことがあって、新たな企画作りの話に進めたいと思います。

彼は海の話が作ってみたいといいだしました。それではかなり動きが制約されると思った私は、海で何がしたいのですかと問い返したのです。すると間もなく彼は、「戦艦大和」の話がやってみたいというのです。高学年に納得して貰う作品が作りたいといっていたことを考えると、その実録でも追おうとしているのかと思った私は、戦艦大和をやるにしても動画としてはその飛躍性に欠けてしまいますといって、その弱点を解消するなら、宇宙を海と考えて「戦艦大和」を宇宙へ飛び出させてみませんかと提案したのです。あまり突飛な発想であったこともあって西崎氏もびっくりしたようでしたが、俄かにおどけたような表情をしながらそれに乗ってきたのでした。制作者西崎氏と脚本家の私だけでしたが、番組制作の方向に結論を出したのですが、彼は取り敢えず話し合いのたたき台になるような企画書をまとめてくれませんかと依頼してきたのです。「宇宙戦艦ヤマト」は動き出すきっかけとなったのでした。残念ながら、この時の会話については、他には誰もいないのですから同席者として証言して貰うこともできません。これまでの「宇宙戦艦ヤマト」の始動については、さまざまな人がそれぞれの見解で話したり、書いたりしていらっしゃいますが、この日の話し合いについては私と西崎氏しか判らないことです。

 兎に角そんなことがあって、私は企画書を書くことになるのですが、ひょっとして彼はそんな突拍子もない発想には賛成できないというかもしれないと思って、かなり神経を尖らせていたのです。ところが彼は「それでいこう」というと、「早速ですがすぐにその企画書を作ってみてくれませんか」と頼んできたのです。

 勿論私は戦艦大和を宇宙へ飛ばすということなどはまったく考えてもいませんでしたから、まったく無責任な思いつきであったにすぎません。しかし意外にも西崎氏はが異議を唱えることもなくそれに賛成してきた上に、企画書を作りませんかというのです。直ちにその依頼は承知したのですが、兎に角あまりにも突飛な発想をしてしまったので、せめてこれまで西崎氏が言っていた、「マジンガーZ」とは違った高学年向きの動画というものがどんなものなのかということを聞いておこうと思いました。すると彼は次回の打ち合わせの時に、に山本暎一氏を呼んで、その時に話をしませんかというのです。「ワンサくん」をホームドラマからいきなり大人風のミュージカルにし建て直しをしてしまった山本氏です。恐らく西崎氏はあれ以来いろいろな点で彼からアドバイスをもらっていたのかもしれません。私も西崎氏に同調して、次回から三人で企画を煮詰めようと賛成したのでした。

 (すでにブログの中で書きましたが、あの若手SF作家が帰った後は、私と西崎氏だけの二人だけの話し合いになって、宇宙を目指す冒険物語を「宇宙戦艦ヤマト」として企画しようということになったのですが、残念ながら私が書いていることが正しいといってくれる人も、嘘だよと否定することのできる人も存在していません。しかしその後制作した映画が当たってからの西崎氏の発言すらも、すべて自分に都合がいいように話しているように思いますし、作業が進むに従って成功が称えられていくと、どんどん勝手な発言をするようになっていきます。これまでの真摯で真剣であった様子であった彼とは大変わりしています。そのへんのことは充分に承知した上で、これからの作業について読んで頂きたいと思います。兎に角今のところは、当面は彼が私を信じて頼って来ていた頃の延長で、大変謙虚に接触してくれていますから、私も何とか彼の役に立って上げようと一生懸命であったということを頭に置いというて下さい。この時から、さまざまな紆余曲折があって「宇宙戦艦ヤマト」は登場することになるのですが、もう暫くは真摯な西崎氏とのお付き合いということになります)



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告知と放談の部屋☆ 放30「新たな時代の胎動なのか」 [テレビ]

 

これまで溢れ出てしまうような青春のエネルギーによって、町の平和を侵そうとする者に対して純粋な正義感で立ち向かっていくことができたのに、「グレートマジンガー」では理屈抜きで無鉄砲に思いきりぶつかっていくことができなくなってしまいましたので、そのために脚本を書きながらどうも気持ちがすっきりとしないものがつきまとっていました。ヒーローが戦いのプロだというので、その分番組自体のパワーが落ちていくのを感じ始めていたのです。やはりプロの戦士の活躍をどうスリリングにして描こうと思っても、かつてのようにヒーローが窮地に追い込まれ惨めなくらいに痛めつけられながら、わずかな隙をついて立ちあがって復活するような感動的な姿が作れません。どうしてもヒーロー像が格好よく表現しにくくなってしまったのです。やはり活躍するヒーローがプロの戦士であることに無理があるようです。かつての町のヒーローが、さまざまな失敗をしながらそれを取り返そうとして新たな工夫をして敵の襲撃に立ち向かっていくという姿を見つめながら、視聴者も同じ思いで番組を楽しんできたはずでした。みな町の少年兜甲兒であり、ボス、ムチャ、ヌケであったはずです。そんな楽しみが薄れないように工夫しながら、何とか大人風のヒーローを活躍できるような話を作りながら番組を維持していったのですが、ついに1975年9月に圧倒的な人気を得た「マジンガーZ」は、「グレートマジンガー」として最終回を迎えることになってしまったのでした。最終回の話も書き終わりました。

                                                  「グレートマジンガー終」1.jpg


 

しかし西崎義展氏との打ち合わせは、「マジンガZ」の終了ちかくから絶えず行われるようになっていたのです。やろうとしていることはあくまでもエンターテイメントとしての動画番組です。ただかれがやろうとしているのは、もう一寸高学年の者が楽しめる番組にしたいという希望です。勿論社会的なテーマを追求していくドラマ番組ではありません。結局楽しんでいるうちに、何か心に染みて忘れられなくなるような番組が作れないかということです。それは私の思いと完全に一致する者で、今の段階では、そうした夢が叶えられそうなのは西崎義展氏ではないか・・・。その結果動画界を変えるきっかけともさまざまな期待感が生まれていました。ところが「グレートマジンガー」の準備に入った頃から、西崎氏から度々呼び出しの電話があって、その打ち合わせと「グレートマジンガー」の執筆で大変な過密スケジュールになってしまったので、このへんの話は同時に書くと混乱してきてしまいそうなので、ひとまず話を「グレートマジンガー」に戻しておくことにいたしましょう。実はこのころから、東映動画という会社自体でも時代の推移が関係しているのでしょうか、一寸して社内での移動が起こるような動きが見え始めました。新たな方向を求める時代の胎動なのかもしれません。

 

同じころ私も、「グレートマジンガー」が終了した後の仕事について、どんなものを書こうかと考えるようになっていました。時代が変化するのに従って人々は何を求め、何を追うようになるのだろうか・・・。もう一度創作の原点について考えてみようとしたのです。かつて「さすらいの太陽」では、原作を書くということで、時代の空気から人々の求めるものを探り出して、ある程度書き込むことに成功しました。しかし脚本家としての存在感を示すということを考えると、「マジンガーZ」のようにシリーズの中でどれだけ多くの作品を書き、作家としてどんな役割が果たせるかを考えなくてはなりません。原作の持ち味を大事にしながら脚本家としての特色を知って貰うためには、たまに書くだけでは絶対に不可能です。原作者として存在感を示すか、脚本家としてシリーズにかかわりながら少しでも沢山書いて、その一本一本に脚本家の思いを積み重ねて浸透していくしかありません。視聴者から、あの人の書く時にはこんな楽しみがあるというような期待を抱いて貰えるような作家にならなくてはないでしょう。つまりその積み重ねが必要なのです。プロデウサーからそれを可能にしてくれる発注がなくてはなりませんし、原作がある場合でしたら、あくまでも原作のいい点をくみ取って、それを活かしながら脚本家としての魅力を発揮しなくてはなりません。時に原作者と対立してしまって、番組から降ろされてしまった脚本家がいることも知っています。仕事の場を失ってしまっては脚本家としての勝負ができなくなります。兎に角自分にとって少しでも理想的な環境で仕事ができる場を見つけるために、まだ暫くは「荒野独行」をつづけていかなくてはならないと覚悟を決めたのでした。

 

いつかまた夢中で書ける作品に出合う機会があるのを夢見ながら、西崎氏との話し合いに出かけて行きました。「グレートマジンガー」でも試みようとした、高学年の少年少女に満足して貰える作品を作りが失敗したのはなぜなのだろうかと考えてみましたが、やはりそのヒーローの設定に間違いがあったように思えました。それは決して永井豪氏の責任でもないと思っています。彼が設定を作る時に、時代の要求に応えるための情報があちこちから入れられていて、それが彼の作業に影響を与えていたに違いありません。しかし大人風のキャラクターは整っても、その大人が活躍する世界が「マジンガーZ」で行われていた世界のままであっては、真の大人物にはなり難いのです。そんなことを感じるようになった頃、私は西崎氏と会う度に彼の言っている「高学年の者が見ても納得して貰える動画を作りたい」ということはどんなものなのだろうかということを考えるようになっていたのです。その頃彼が具体的に動き始めたこととして知らされたことは、ベテランの大衆小説作家である「快傑黒頭巾」というベストセラーを生んだ高垣眸氏と接触したりしていることが判りました。息子さんは高垣葵といって当時の大変人気のある放送作家であったことは知っていましたが、ある日のこと西崎氏は、私に彼の父親である眸氏に逢ってみないかと提案してきたのです。しかし眸氏は大変高齢でありましたし、私はすでに学生時代から劇作家の飯沢匡氏のところへお邪魔して指導を仰いできているのです。いささか方向違いであったことからお断りいたしました。するとそれから暫くしたある日のこと、西崎氏はSF作家に何かヒントになるような話はないか聞いてみないかと、これまでとは大分違った提案をしてきたのです。

 

制作者としてその方向を、どこへ向けて行こうかと模索しているようです。結局高学年の者に満足して貰おうという目標に向かって必死に動いているのでしょう。大人風なものを作ろうとして、登場人物たちを見た目新しく大人にしても、彼らが活躍する世界を違和感のないものにしておかなくては、いい結果は得られないということは、「グレートマジンガー」で証明されています。SF作家たちから何かそういったことについてのヒントとなる話が聞き出せるか楽しみになりました。西崎氏は一緒に話を聞いてくれないかと誘ってきましたのでそれにはすぐに承知しました。彼もいよいよ模索していた方向を探る手掛かりを掴んだのかもしれません。私も若い頃からさまざまなSF小説はある程度読んでいたこともありましたので、何か新たな展開が生まれるかもしれないという興味もありました。

 

その楽しみな日は間もなくやってきたのでした。

 

  


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ドラマと特撮の部屋☆ 放29「変革の第一歩となるのか・・・」 [テレビ]

 

「マジンガーZ」があまりにも圧倒的な魅力を発揮していたものですから、新しい番組もそれを越えた魅力を発揮しなければ視聴者たちを失望させてしまいます。しかし前作があまりにも魅力溢れるものであったこともありますから、新たなスタートを執筆している時でしたが、しかしこの頃から私は西崎義展氏からの呼び出しがしきりにあって、赤坂の彼の事務所へ通うことが多くなっていたのですが、時代の変革期に差し掛かり始めたこともあって、私自身も考えることも多くなっていました。かつて脚本家を目指して実家を離れて独立した時、まだ稼げる当てもないというのに、私は敢えて時代の先端の町へ行って暮らそうという目標を立てたことがありました。それまでは生まれ育ったところは隅田川を越えた向島という玉ノ井遊郭のあるところです。ところが実家を離れて住むことになったのは、人の暮らしの風景もまったくこれまでとは違う、洗練された風俗で彩られて時代の先端を行く赤坂でした。知識としても時代の先端というものを知って脚本を書きたいと思ったからでした。しかしはじめから赤坂を目標にしたわけではなく、たまたま狙った四谷あたりには希望に叶うところがなく、結局不動産屋が勧めてくれた赤坂の一ツ木通り裏のコンクリート造りのアパートだったのです。現在仕事をしている動画という3Kといわれる世界とは、まったく違った生活環境のところでした。かつて1968年に「アンデルセン物語」ではじめて動画の世界と出会った時、若手の脚本家であるS氏とH氏から聞かされたのは、「動画」の世界があまりにも前近代的な世界だということでした。ドラマの世界から乞われて動画の世界で仕事をするようになった私に対して、少しでも脚本家の立場の向上のために力を貸してくれないかと、訴えられたように受け止めた私は、脚本家の立場の向上ということの第一歩として、その立場の向上ということが頭から離れませんでした。その結果私は三年後の1971年に「さすらいの太陽」という原作を生み出すことができたのです。だからといって、直ぐに動画界の脚本家がすぐに尊重されるような環境が達成できたわけはありません。しかしそれからそれほど時を経ずに、特撮の「サンダーマスク」がきっかけとなって、私を頼ってきた西崎義展氏と縁ができたのです。彼の希望であった特撮作品の夢がかなえられなかった結果、「マジンガーZ」の爆発的な人気を見つめながら、「ワンサくん」「青い鳥」を動画で制作していた彼は、「マジンガーZ」とは違った大人が見られるような作品が作りたいと模索しているのです。私はその頃から、西崎氏のアドバイザーとして接触するようになっていた、山本暎一氏の存在を意識するようになっていました。「ワンサくん」をホームドラマから大人向きのミュウジカルに変身させてしまったことのある山本氏です。西崎氏は次第に番組の制作という見地から、彼のアドバイスを参考にし始めたのかもしれません。もしそうであるならば、彼は真摯に問いかけてきているのです。ひょっとすると彼は、これまでとは違った作品を書くきっかけを作ってくれる人になるかもしれません。かすかな期待感すら抱くようになっていたのです。彼の目指そうとしている「大人も楽しめる作品・・・つまりこれまで動画界では考えられない作品が生み出せることになったら、それこそ旧態依然としている動画の世界に変革が生むことができるのではないだろうか。そんな夢が日ごとに高まっていったのでした。もし本当に彼の意欲が途切れなければ、業界改革の第一歩となるようなものが作れるかもしれない。私は一生懸命な西崎氏には今まで以上に何かを託したい気持ちが生まれていたのでした。

話しは変わりますが、今は「マジンガーZ」で時代の寵児となってしまっている永井豪氏ですが、1970年代に反体制的な姿勢でかなり社会に対して、挑戦的な「はれんち学園」という作品という原作を少年ジャンプで発表して評判になったことがありましたが、かなり大胆な性的な表現が中学校を舞台にした世界で展開する青春ドラマだったので、その内容が顰蹙をかってPTAから厳しい批判を浴びてしまったために、ごく短期間で修了してしまうことになったことがありました。若い永井豪氏ですからその爆発的な活力が原因で社会常識からはみ出してしまう作品を生み出したに違いありません。かつて私がかかわった「天才バカボン」という作品も、PTAから非難を浴びてしまったことがありましたが、創作する者としては同情していたことがありました。しかしその後「マジンガーZ」という異質の作品を発表して復活してきた永井氏は、その勢いに乗って清新なお色気を発して活躍する少女を主人公とした「キュウテイハニー」を送り出してきたのです。「はれんち学園」を通過して彼はひと皮むけた青春物を生み出してきたというわけです。私は助っ人の一人でしかありませんでしたが、同じ東映動画のプロデウサーであるK氏の依頼で数本お付き合いをいたしましたが、「マジンガーZ」とは違った、永井氏の新たな才能が花開いたと思いながら楽しませて頂いたものです。

しかしそれにしても、世の中に衝撃的な感動を引き出して大きなうねりとするためには、時には世の中の反撃を食らうこともあるようです。その苦しみはやがて時代の欲求に応える作品が生み出すエネルギーとなってほとばしるようです。

                                  「天才バカボン]1.jpg 「キュウテイハニー」1.jpg 

 

 

永井氏はもちろんのことですが「天才バカボン」の赤塚不二夫氏も、非難を浴びても間もなくそれをはねのけて時代の寵児となってしまいます。作家がそうであるように、今は苦闘しているプロデウサー西崎氏ですが、その意欲が失われない限り何かこれまでにはなかった作品を生み出すのではないかという期待は、次第に大きくなってきていたのでした。

 

話を戻しますが、「グレートマジンガ―」を書き出してから、どうも気分的にすっきりとしないでいた原因は実に簡単なことで、前作の「マジンガーZ」の場合は、ヒーローの周辺の登場人物がほとんどアマチュアの世界であったはずでしたが、新たな「グレートマジンガー」ではヒーローとなる中心人物はアマからプロに変わったのです。つまり作品の雰囲気を少年少女の世界から大人の世界を持ったものにしようということなのです。戦いの戦術を大人っぽくなると同時に、かつてのように無茶苦茶に戦ってヘマをやるようなことはやれなくなってしまいました。これまでと違って飛行のための翼をつける「グレートマジンガー」は、無敵さを発揮しなくてはなりませんから大変です。私は前と同じようなハイペースで原稿を書きつづけていったのですが、ヒーローが戦いのプロということなのですから、暗黒代将軍の繰り出す敵との戦いで下手にピンチな状態を作り難くなっていたのです。兜甲兒のように、危機に追い込まれながら、耐えて、工夫して、その劣勢を跳ね返していくという爽快感が、これまでとは大替わりしてしまったように思えてならなかったのです。そんなことから私は、大人が見てくれる作品はということについて、あれこれ考えるようになっていたのでした。

 

 

 


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アニメと音楽の部屋☆ ア18「アマからプロに戦士交代」 [テレビ]

 

人気番組の「マジンガーZ」が終わろうとしている頃、かつては大変もてはやされていた特撮作品も、時代の変かもあってかつてのように予算をかけてセットを組むような事もできなくなって、所謂現場で処理が可能な特撮という低予算に見合った特撮が行なわれるようになっていましたから、表現される世界が次第に現実的になってしまって、夢からは遠ざかってしまったのではないかと思います。それでも少年少女を対象とした番組作りを貫いていたフジテレビから、動画の世界で扱われている者よりも、もう一寸高学年の年齢荘に向けた、いささか主張のある番組として執筆を受けることがありました。

                                「タイガーセブン」1.jpg 「電人ザボーガー」1.jpg


 

かつて「マグマ大使」「スペクトルマン」「快傑ライオン丸」などの原作者であり製作者であった、うしおそうじ氏・・・鷺巣富雄氏が、自宅を利用して設立したプロダクションのPプロが制作するというのです。しかし前のような実績のある制作プロダクションではなく、ごく小規模プロダクションでのスタジオで制作されていくものですから、予算上の問題もあって、どうしても広がりのある話は制作することはできません。いささか淋しい特撮作品になってしまうのはやむを得ないことです。しかしその小規模な特撮では夢の広がりは期待できませんから、これらはたいして評判にならないままで終わってしまったように思えます。すべては特撮作品に対する興味が時代の趨勢によって、薄れてしまったことによるのかもしれません。長い人気を保ちつづけてきた番組にも、これまでとは違った方向を目指さなくてはならなくなる時がやってくるものです。時代が進むに従って人は何を欲するようになるのだろうかと、私はちょっと本道からはずれたことを模索し始めていました。まだまだ脚本家が考えた企画などは、まともに取り上げてくれるところはないでしょう。原作となる絵もないのですから、商品化することもできませんから制作会社の利益にもなりません。やはり私の思いに叶うような機会を、用意してくれるような会社が現れるのを待つしかないのかもしれません。それまではさまざまな仕事をこなしながら、しばらく思いが叶えられる機会がえられる機会を求めて、「荒野独行」をつづけていかなくてはならないということは覚悟していたのでした。しかしもう暫く前からでしたが、西崎氏から度々呼び出しがあって、テレビの新しい企画について相談をされるようなことが多くなっていたのです。真摯にその思いを訴える人で大変好感のある人でしたので、そのうち動画界を変えるきっかけとなる作品が生み出せる制作者として登場できるのではないかという期待を抱かせられたのです。・・・そんな夢をみる楽しみのある打ち合わせを重ねるようになっていたのでした。

兎に角行け行けムードで列島改造を押し進めていた田中角栄内閣が倒れて、公害問題や、膨張経済に厳しい三木武夫内閣に変わって、その政治の向かう方向もすっかり変わってしまったこともあって、戦いのために町の破壊を引き起こしてしまうような話は、避けて欲しいという要望がフジテレビから番組を制作する東映に知らされ、やがてそれは担当者からメインライターであった私に伝えられました。公害を排除する立場にある三木首相の意向に従って、番組の内容も大幅に変更しなくてはなりませんでした。恐らくその要旨については、原作者である永井豪氏には伝えられていました。もうすでに新たな作品についての構想がまとまっているに違いありません。その結果「マジンガーZ」を引き継ぐ新たな作品の企画書となる「グレートマジンガー」のデザインがプリントされて渡されたのです。


                                                   「グレートマジンガー」1.jpg 

 

 


永井豪さんから考えられた「設定」・・・つまりどんな人が、どんな武器を使って敵と戦うことになるのかという、基本的な形をラフな絵で描いたもので、どの番組でもこういうものがまず渡されます。マジンガーZにはこれまでと違って、飛行可能な翼がついています。私と横山プロデウサーは新宿の喫茶店で出会いよく打ち合わせをしました。

 


永井豪さんから考えられた「設定」・・・つまりどんな人が、どんな武器を使って敵と戦うことになるのかという、基本的な形をラフな絵で描いたもので、どの番組でもこういうものがまず渡されます。マジンガーZにはこれまでと違って、飛行可能な翼がついています。私と横山プロデウサーは新宿の喫茶店で出会いよく打ち合わせをしました。

 

渡された設定書を見ながら間もなく気がついたのは、兎に角これまで戦いの主戦場が町であったことを避けるために、光子力研究所も町から遠く離れた富士山麓に移されて、ここからグレートマジンガーが跳び出すということになりました。地上での戦いを避けるために、ここから飛び出したグレートマジンガーは空へ飛び立っていって戦うことになるのです。恐らくロボットが跳び出した後で翼をドッキングしなければ空中へ飛び出すこともできないし、下手をすると翼を狙われてしまったら戦闘も不可能になって会いまいます。しかし今回の企画で大きな変化であったことといえば、戦いの場が空になったということの他に、ヒーローであった兜甲兒、弓さやか、ボスという町の少年たち・・・つまりアマチュアとは違って、戦いのためのプロフェッショナルな人物であったということです。大人の雰囲気を持った剣鉄也と炎ジュンというヒーロー・ヒロインにボスだけが加わっていました。勿論「マジンガーZ」を引っ張ってきた登場人物も、兜甲兒に兜シローという弟を搭乗させ、途中からすっかり人気者になっていたボス、ムチャ、ヌケという仲間も、脇に控えつつ残って新たな敵に対して立ち向かうことになったのでした。

                                   「グレートマジンガー台本1」1.jpg 「グレートマジンガー3話」1.jpg


  

1・2話は東映本社のほうで映画のシナリオを書く高久進さんが書き、第三話以降を私が中心となって書きました。闇の帝王のもとで働く暗黒大将軍に命じて弓博士の科学要塞研究所に対して、万能要塞ミケロスを発進させて地球の征服を狙ってくるのですが、同じ番組の内容を変更してつづける時には、グレードアップしたというところが視聴者を納得させるものであるかどうかが問題です。果たしてその点の狙いは視聴者に受け入れられたのだろうかという心配がありました。

 


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アニメと音楽の部屋☆ ア17「ボス・ボロット奮闘するも・・・」 [テレビ]

 

「マジンガーZ」はシリーズとしても評判が悪くないということから、プロデウサーとの協議で、シリーズの運び方についても任せてもらえるようになっていましたから、特に問題となるところもなく思うように大変スムーズに進行することができましたので、気分的にはかなりゆとりを持てるようになっていました。

                             「マジンガーZ」(兜甲兒)1.jpg 「マジンガーZ」1.jpg

 

永井豪さんは「マジンガーZ」を駆使するヒーローとして、町の少年グループである兜甲兒とボス、ムチャ、ヌケというキャラクターを設定しましたが、番組のスタートと同時に、兎に角甲兒はたちまち巨大ロボットと共に、スーパーヒーローとなってしまいました。そのためにどうしてもボスたちの存在感が薄れがちでした。仲はいいし憧れる甲兒なのですが、時代の先端を突っ走る彼についていくだけでは我慢できないはありません。ボスを自任しているリーダーとしては、時代をひた走る甲兒に対抗して自分たちもロボットを持って張り合おうとし始めます。甲兒が苦戦しているところを見るとつい援護射撃をしようと、彼の迷惑はお構いなしで「マジンガーZ」にも引けを取らないと自任するボス・ボロットを駆使して、地球の平和をぶち壊そうとするDrヘルに立ち向かって爆走していってしまいます。勿論その結果は失敗ばかりです。それでもボスと仲間たちという存在は、番組の中の大事な存在として定着していってくれたのです。 甲兒とボスの葛藤が気にいって肩入れしていた私としては、密かに目的を果たせたような気がして嬉しくなっていました。そんなある日のことでした。いつも次回の登場する敵方のキャラクターのデザインを持ってきてくれている永井豪さんの助手が、私の書く作品が一番面白いと豪さんが言っていると感想を伝えてくれたのでした。原作者のお墨付があるというのは、脚本家にとっての大きな活力になります。私はますます勢いに乗っていきました。

ところが1972年12月から始まった「マジンガーZ」も1974年に入ると、考えもしないことでしたが政界の混乱が微妙に人心にも影響を与えるようです。それが番組についても視聴者の中には見る目が変わってきたりしていた者が現れました。

                                   「マジンガーZ」(ボスロボット戦闘開始)1.jpg 「マジンガーZ」(ボスボロット)1.jpg

  

つまり列島改造論の影響で膨張したいだけ膨張してきていた暮らしの影響で、公害発生問題がとり上げられたり、経済のひずみということが起ってきていたりするために、政界ではそれをめぐってもめ始めてしまったのです。Drヘルの繰り出す魔獣との戦で、町を破壊しつづけている番組に対しても、批判的な声を上げる人も出てきました。一寸気にはなりましたが、それでもまだ彼らはごく少数派であったので番組の人気は依然として高い状態でした。そこで番組の人気を維持するために思いきったことをやってみようと思い立った結果でした。つまり兜甲兒のサブ的な存在であった、ボスとムチャ、ヌケを、彼と張り合うような存在にしてみようということです。そこで私は彼らを甲兒のただの友達関係ではない関係にしてしまったのです。その狙いは的中して彼らは番組の中では欠かせない存在となってしまいました。ところがそんな最中に、政界の異変が激化して列島改造論で勢いを得た田中角栄首相が、ロッキード事件の汚職や公害のために辞職せざるを得なくなり、革新思考の三木武夫首相に代わってしまうことになってしまったのです。そんなことが関係しているのでしょうか、それから間もなくのこと、番組は惜しまれながら終了することになってしまいました。

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これまでやってきた町中での破壊を伴うマジンガーZとDrヘルとの大激闘は、その筋からの要請があって控えるようにということになってしまったのですが、原作者である永井豪氏には暫く前から連絡が入れられていたようで、戦いの舞台は町を離れていくことになったのです。それが「グレートマジンガー」の始まりでした。

舞台となっていた科学要塞研究所は富士山麓に移転することになりましたし、敵は空からやって来ることが多くなるので、それを阻止するためにも敵の接近が察知されれば、素早く迎撃のために出撃することになるので、戦闘の場は広大な空中ということになります。これならその被害はほとんどされてもほとんどの場合地上に被害が及ばないようにできます。これではこれまでのように破壊を気にせずに気持ちよく戦うこともできませんし、第一破壊するような建造物もまったく存在しないのですから、これまでの兜甲兒の操縦するマジンガーZでは役に立ちません。憧れの巨大ロボットは飛行可能な翼が取り付けられたのですから、それを駆使して襲撃してくる敵と立ち向かうヒーローは、これまでの町にいる少年ではなく、戦うことにかけてのプロの勇者ということになってしまったのでした。兎に角公害の因となる破壊は避けって、戦いは空中戦にならざるを得ません。この頃から私は、「時代」というものを意識するようになっていて、政界の情況はもちろんですが世の中の気分がどんな方向へ行こうとしているのだろうかという問題です。動画番組もただ楽しむだけではなく、その時代の向かおうとしている方向というものをしっかり捉えていなければ、視聴者の心を掴まえることはできませんし長くつづけることも難しくなるということを考えるようになっていました。しかしやろうとしていることは、あくまでもエンターテイメントとしての動画番組です。問題を追及していくドラマ番組でもありません。ただ幼児に向けた作品作りが中心であった動画界も、「マジンガーZ」の登場によって、次第に就学児童向けにまでに視聴者の年齢をアップしてきたのですが、それに時代の空気というものが加味されるようになってきたように思えます。兎に角楽しんでいるうちに、何か心に染みて忘れられなくなるような番組ができないかと思うようになっていたのでした。

ふと思い出すのは「さすらいの太陽」の原作を生んだ時の苦労でした。今はそんなものを作りたいというのが制作者の希望なのですから、私の負担はかつてのものとは大分違います。早くそんな希望が叶えられるといいなと思っていました。

 

 


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言霊謎解きの部屋☆ 言12「ひとくち言霊」(邪視) [テレビ]

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現代ではほとんど耳にする機会のない言葉です。

恐らくこんな言葉は、昔々に使われていただけで、現代とはまったく関係のない言葉だと思われがちだと思います。ところが・・・、21世紀の現代でも、古代からその影響が恐れられて、ある形が継承されているということが、いろいろとあるものです。その一つが、「邪視」ということです。響きといい、字面の印象も、どこか嫌な印象がつきまとうのではありませんか。

悪魔のような目で見られるということなのです。誰であっても、そのような目で見られることは避けたいものですが、科学知識のなかった古代人がそれを怖れたとしても仕方がありません。当然ですが軽蔑する気などまったくありません。しかしそうした古代人がやっていたことを、もし21世紀を生きている我々が、まったく抵抗感もなくやっているとしたらどう思いますか。第一そのような邪視などということをする者はいるのでしょうか。しかしいるのです。しかも人々は邪視されるのを恐れて、仮にそんなことをする者と出会った時には、出来るかぎり邪視されるのを避けようと努めているのです。それは古代からまったく変わらずに行われているのです。

一体、それほど恐れられる邪視をするものは、あなたの周辺にもいるはずです。

それが、実は死んだ人というわけです。

古代の宗教感というものでしょうか、死者というものは、とにかく活力を失ってしまった姿であって、神は一番嫌う存在です。気が涸れた状態・・・つまり「きがれ」が、やがて「けがれ」に通じていくわけで、最も嫌がられた状態だったのですから、死を恐れると同時に、その死んでしまって気が枯れてしまった者に、見られることを恐れました。

古代においては、「見る」ということが大変大事なことで、花の気を受けるために「花見」ということが行なわれて来ているのはそのためですが、兎に角人間たちはその周辺の存在する者から、活力に満ちた「気」を受け取って生きようと心がけています。しかしその逆に、まったく活力のない存在である死者などに見つめられてしまったら、「気」を持っていかれてしまうという心配があります。しかしそれが現代とどう関係があるのかと言われそうですね。とにかくそんな古代の習俗が、この超科学の現代にまで残っているはずはないではありませんかと逆襲されてしまいそうです。しかし存在しているのです。

わたくしたちのごく身近なところに、そうした古代の習俗が残っているはずです。

もしあなたの周辺で亡くなった方があって、その通夜につき合った時など死者と対面する機会があるはずです。その時多くの場合はその死者の顔に、白い布がかけられているのを見るでしょう。しかし折角親しい人がお焼香に来て下さるのに、なぜ顔を覆ってしまっているのでしょうか。それが今回の話のポイントなのです。

「邪視」です。

つまり死者に邪視されないようにという、古代からの気遣いからなのです。

恐らく現代の多くの人々は、そんなこともまったく知らないし、死者にかけられた白い布が、何のためなのかということなどにも、まったく関心がないまま過ごしているのではないでしょうか。どうか「古代」なんて、古臭いことを・・・などと言って無視したりしないで、ちょっとお考えになっては如何ですか。古代は現代でも生きているのです。

 

                                                                                                   イラスト・若菜等


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