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言霊謎解きの部屋☆ 言14「ひとくち言霊」(和戦の構え) [テレビ]

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日本人の感性には大変繊細なところがあって、ダイナミックで大雑把な欧米人とは

、対照的ともいえるものがあります。

 どうやらその繊細さというものは、古代から現代まで受けついで来ましたが、その特徴が鮮明に表れているのが、戦いに対する考え方というものかもしれません。

 卑近な例でいえば、相撲の横綱の土俵入りの型にその一つの形があります。

 一つは朝清龍に代表される雲竜型というもので、せりあがりの時、左手を脇につけ、右手を横に伸ばす。つまり左手は守り、右手は攻めを表わすというものですが、もう一方の白鴎に代表される不知火型は、せり上がりの時、両腕を左右に大きく開くのです。それは攻めを表わしているものです。

 今回はどちらがいいとか悪いとかという話ではありません。

 つまり戦いのあり方に対する考え方というものなのですが、古代からの日本人の好みということでいうと、どちらだったのだろうかというと、和戦の構え・・・つまり攻めと守りを同時に表現した雲竜型なのではないかということなのです。

 攻めだけでも駄目、守りだけでも駄目なのです。

 攻めと守りが同時に表現されている必要があるのです。

 これは一体どういう考え方から来ているのでしょうか。

 それは古代人が、神が化身してこの世に現れてきた姿だと考えた、蛇の姿から感じ取ってきたものだったのです。

 蛇は寛いだ時とぐろを巻いていますが、鎌首をぴっと立てて、万一の時にはすぐにも飛びかかっていける態勢でいるのです。

 古代人はこの姿を、日常的に必要な心がけであると感じ取りました。

つまり寛いでいても、常に外敵の襲撃には備えている用心深さが、理想的な姿勢だと考えるようになっていったのです。

 つまり和戦両様の構えが理想なので、どちらかというと、攻めだけの不知火型は見せ方としてはいいのですが、精神的には否定的なのです。

 古代人にとってはといいますが、やはり日本人の精神的な流れの中には、和戦両様の姿が、一番ぴったりとしていると思っているところがあるのではないでしょうか。

 攻めの面白を追う欧米のそれとは、かなり違う日本的な感性ですね。


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告知と放談の部屋☆ 放38「映画で勝負しましょう」 [テレビ]

 

1975年4月30日。「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は放送を終えました。


大きな支障も起こらずに、兎に角まったく無の世界から企画を立ち上げて、それを「宇宙戦艦ヤマト」として作品化することができたのです。しかもそのほとんどの作品を書いてきたこともあって、私には通常の依頼を受けてシリーズの制作にかかわっていたわけでは」ありませんでしたから、気持ちの入れ具合は普通の状態ではありませんでした。最終回の放送を見終わった時にはほっとした気持ちと、それまでのしかかっていたものが突然取り払われたような虚脱感があったものです。しかし私たちの番組の企画が始まった頃から、その噂や情報をキャッチしていた東映動画などでは、これまでの制作の仕方では時代についていくことができなくなるのではないかという、危機感のようなものを感じ取っていたのではないでしょうか。これまで永井豪氏のデザインによるロボット物を作品化していたはずなのですが、「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の放送が終わる頃・・・つまり1975年5月15日から、永井豪氏と弟子の石川賢氏を組ませた形でロボットのデザインをさせた「ゲッターロボG」で、玩具のロボットを販売する戦略としてコミックの連載を先行させて、それに連動させて動画を作り始めたのです。時代の流れが企画のあり方にも変化を促し始めたといってもいいでしょう。もうこの頃私は、もうあの名作童話との比較というようなことは考えなくなっていました。手がけた「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は、これまでとは違ったものを求め始めた時代の流れに、何か即したものを秘めているようなことを感じたのです。そして宇宙戦艦ヤマトの大航海による冒険活劇は、連続した形で見せることができた時に、はじめて視聴者・・・観客を満足させ得るのだと思うようになっていたのです。恐らくこれまで視聴率に思うような結果が出てこなかったのは、そんなことについての欲求不満を生じさせてしまったからかもしれません。大きなスクリーンで一気に物語の展開を、すべてを見て貰うことが必要なのです。そんなことを願う気持ちが日に日に高まっていたのですが、丁度その頃になって、私の手が「宇宙戦艦」から離れたということを知った東映動画のプロデウサーの横山賢二氏から、久しぶりに仕事の依頼があったのです。永井豪氏の原作による二つの作品を繋いで、スペシャル作品として劇場で上映するための脚本執筆ということです。西崎氏と仕事をすると、東映動画からの仕事は減るかもしれませんよと釘を刺されていたので、それなりに覚悟はしていたのですが、それでもこうして依頼してくれたのは大変嬉しいことでした。

                                   「グレートマジンガー対ゲッターロボ」.JPG 「グレートマジンガー対ゲッターロボ」1.jpg


1975年3月21日に「グレートマジンガ―対ゲッターロボ」。7月26日に「グレートマジンガ―対ゲッターロボG大激突」が上映されましたが、テレビという場で見ているのとは大分違ったスケールと、ダイナミックな感じが受け取れます。これもその後動画の世界ではしばしば行われるようになった、時代の生み出した仕事の形だと思いました。しかもこの新しい形で、東映動画はこれまで以上に利益を確保することができるようになったのではないでしょうか。これも時代の流れが求め始めた制作の形なのかもしれません。私はこのような形もあるということを、早速西崎氏に進言したのですが、すでに彼にはいろいろな方面から情報がもたらされていたのかもしれません。特別反対もせずに同調してくれたのでした。


私はその後で「鋼鉄ジーグ」の脚本執筆に参加することになりましたが、もうすでにスタートは他の作家が行なっています。「宇宙戦艦ヤマトⅠ」にかかわっている以上、東映動画企画の番組で、そのはじめからの参加はあり得ないということが実証されたようです。このような状況を脱出するためにも、現在進められることになった「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の総集編の映画に期待するしかありません。それが実現したら私がかねてから秘めていた作家としての目標に、多少でも近づけるかもしれないと思いました。年齢的にもそろそろ作家としての存在感を確立しなくてはならないと思うようになっていたのです。しかしそれはとても容易には到達できそうにもありません。しかしそうかといってそういった目標を持って努力しなければ、それこそ社会的に認知される存在になるきっかけは手にすることはできないはずです。今回のテレビシリーズは映画化されて公開されることで、脚本家としての私という存在を認めて貰える機会になると、密かに期待しつづけていました。しかしその願は間もなく叶えられそうな機会がやってきました。恐らく制作者である西崎氏も、多額の資金を投入していたのでこのままでは終わりたくないという気持ちでいたに違いありません。しかもそれ以上に、彼はこれまではほとんど業界で認知されている存在ではなかったのです。これを機会に、その存在を業界で認知してもらう機会にしたいと考えていたに違いありません。


シリーズに参加したメインスタッフを招集して番組の総括をすることになったのです。誰からともなくこのまま終わってしまうことは残念だと、率直な感想を述べていたように思います。作品自体については同じSF作品ではあっても、これまでとは全く違った内容でド惑いがあったかもしれませんが、それが視聴者の戸惑いにもなってしまったのかもしれません。しかしそれでも周囲から入ってくる反応は、それほど悪くはなかったと思っていたようです。西崎氏から作業の常識的ではない指示があったり、そのために放送に間に合わせるために過酷な作業になってしまったりという繰り返しを、冗談めかして抗議するようなこともありました。しかしそれでもテレビという限られたメディアの視聴者の反応だけでなく、劇場でやることでもっと広い観客の反応が得られるということでは、ほとんどのスタッフの考えは一致していました。彼らも今回のような形で充実した作業ができるということは、なかなか機会に恵まれないはずです。視聴者もそうだのでしょうが、彼らもこのまま終わってしまうことは残念でならなかったのでしょう。私自身も不完全燃焼でしたが、どうやらこの日の会議でそれは解消できそうな雰囲気になりました。かねてから心に秘めていた作家として社会的に認知してもらえる機会になるかもしれません。テレビシリーズであった「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は、松本零士氏と石黒昇氏を中心としたスタッフで整理して繋ぎ、映画として再挑戦しようということが決まりました。このところ大変事務所にはかなり訪問者が増えていましたが、それらの人たちからもさまざまな情報がもたらされていたに違いありません。「宇宙戦艦ヤマトⅠ」もその手でやってみようと考えていたのでしょう。私は作品の編集作業は現場のスタッフに任せて、「鋼鉄ジーグ」「UFOグレンダイザー」「一休さん」「わんぱく大昔クムクム」「宇宙鉄人キョウダイン」などという作品の依頼を受けていましたので、空き時間を利用してせっせと書きましたが、どうしても気持ちとしては「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の総集編となる映画の公開の時に希望を託しているのでした。


そんなある日のことです。思いがけない人が、思いがけない電話をしてきたのです。その話などは次回に書きたいと思います。



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告知と放談の部屋☆ 放37「鋼鉄ジーグとその背景」 [テレビ]

 

 どんなことでも、取り敢えずそつなくこなすことはできるようにはなっていましたが、脚本家としてようやく充実したと言える作品作りの基礎ができたのです。まだその内容については不満な点も多いままでしたが、ようやくその基礎作りはできたという状態には到達したように思いました。つまりかねてから心掛けてきた問題の一つであった、社会的な認知を得るということです。そのきっかけは掴めたのではないでしょうか。

 恐らく西崎氏もそれまでほとんど知られる人としては存在してはいませんでしたから

、今回の仕事を仕上げたことで、俄かに動画界では注目を集めるようになったことは間違いありません。

ついに二人の思いは「宇宙戦艦ヤマトⅠ」として結実したのですが、しかし私にとってはまだまだ不完全燃焼という状態で留まっているのです。これまでのどの作品よりも苦しいこと、悔しいこと、残念なこと、さまざまな苦闘を体験したのですが、送り出した一作一作にそれなりの評価を得たとも言えませんでした。

どこかに完全燃焼しきれないところがあったような気持ちでいました。そんなところへTBSの木下恵介劇場の番組で「魅せられた夏」の作家が途中で執筆不可能になってしまったために穴が空いてしまうということになって、「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の作業が終了していたところへ、木下プロダクションの代表となっていた飯島敏宏プロデュウサー

から、久しぶりに助っ人を頼まれてドラマを書くことになりました。

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時が時でしたので気分転換には格好の依頼でしたので、久しぶりに残された4回分の回数を、気持ちを楽にして書ききりました。お陰様でそれから間もなく、木下恵介監督からお礼に赤坂でもよく知られた・・・・の高級なお煎餅の詰め合わせを贈って下さいました。多少でも気分転換にでもなればという監督としてお世話になった飯島敏宏氏の配慮であったようにも思えますが、もうこの頃になると、動画界のあの名作童話の番組との比較というようなことはまったく考えなくなっていました。しかし放射能除去装置を受け取って帰るという使命を果たすために大航海をしたはずなのに、テレビ番組ではそのスケール感が伝わってきませんでした。矢張り宇宙戦艦ヤマトの大航海は、連続した形で見て貰いたいと思うのです。それをやるのであれば、やはり劇場の大きなスクリーンで、一気に航海のすべてを見て貰うしかないと思うのです。

「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の放送は終わりましたが、その総括をしようというのでメインスタッフが招集されて、番組についての話し合いをしましたが、兎に角ほとんどのスタッフはこのまま終わるのは惜しいという雰囲気でした。エネルギーを圧縮した過酷な作業の積み重ねには問題があったものの、その充実感は通常の番組では経験のできないものであったと、ほとんどの者が感じていたようです。番組の進行につれてスタッフたちにもかなり反響があったようで、西崎氏もかなり営業的な計算に希望を感じていたように思われました。ところがこの頃になって、落ち着いて動画界を眺めてみると、「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の企画が進められ始めた頃から、動画界での推進役を果たしてきた東映動画では、時代の変転に応えるために、これまでにない改革をし始めていたのです。それはすでに「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の制作が始まった頃、東映動画の内部でこれまでにはない動きが始まっていたようで、その気配についてはブログで書きましたが、それが現実の姿として表れてきたのでした。時代の流れというものは、姿も形も見せませんが、実に不思議な力を持っているようで、その流れの勢いでさまざまなものの姿を変えさせていく力を持っているようです。ここまできて動画の業界にもいろいろな変化を促してきたようです。東映動画からもY氏の予言通り「鋼鉄ジーグ」という作品の制作が発表されましたが、そのスタートの話は持ち込まれませんでしたし、他の会社の場合は「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の作業が大変であるということが広がったこともあって、ちょっと仕事の発注は遠慮されたようでした。東映動画から「鋼鉄ジーグ」の執筆依頼があったのは、第三回目からの脚本でした。

                                   「鋼鉄ジーグ」1.jpg 「グレンダイザー台本」1.jpg

 

ところがその時には、これまでとはかなり違った仕事の形になっていたのです。つまりこれまでのように企画があって原作者が決まりテレビ化が決まると、玩具の生産が決まるというシステムだったのですが、今回は玩具会社のタカラがロボット物の企画を講談社へ持ち込んだのが始まりで、それなら永井豪氏が率いているダイナミックプロに頼んではどうかと紹介されて新しい形が始まったのです。このようなこれまでにない方法が開発されることになるというのも、思いがけない「宇宙戦艦ヤマトⅠ」の登場によって、動画業界にもかなりの刺激を与えていたかもしれません。新番組の「ゲッターロボG」は、翌年の1976年3月25日まで放送されましたが、それが終わると10月5日から「鋼鉄ジーグ」という作品が放送されるようになるのです。原作者は永井豪氏と弟子の安田達矢氏とダイナミック企画となりましたが、間もなく東映動画は1975年10月5日から1977年2月27日まで、永井豪とダイナミック企画の原作である「UFOロボ・グレンダイザー」が制作されることになったのです。当初「鋼鉄ジーグ」を担当することになったのは勝田稔男氏だったのですが、その制作が始まって間もなく「UFOロボ・グレンダイザー」の制作を始めるというので、「鋼鉄ジーグ」の担当は横山賢二氏に代わるのです。そうなると彼にかかわってきた「マジンガーZ」の制作スタッフが新たなスタッフとなり、これまでのスタッフはみな引き上げて「UFOロボ・グレンダイザー」のスタッフとなるのでした。玩具産業のテレビへの進出は業界の姿を変え、人的な関係にも微妙に複雑なものをもたらしたのでした。

こんな話しでしたら「アニメと音楽の部屋」の話題として書くべきでしたが、企画のあり方の変化や、そこに働く人の関係にも大きな変化をもたらしたのは、あくまでも時代の要求がきっかけであったということを考えると、「告知と放談の部屋」のほうがその内容に適しているように思うようになったからでした。



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ドラマと特撮の部屋☆ ド37「不完全燃焼です」 [テレビ]

 

 長い戦いを終えた古代進は艦長代理として大きな戦果を上げて、ほっと一息ついたのですが、これで安心してイスカンダルへ向かうことができるという安堵感よりも、すさまじい戦いを象徴する宇宙戦艦ヤマトの痛ましい傷跡を見つめながら、戦いあったことの勝利に浸りながら、いつか古代進はそれに喜びを感じるよりも星の運命から逃れようとしていたデスラーの心情を思い知って、一体このデスラーとの必死な戦いは何だったのだろうか・・・。そんな思いがこみ上げてくるのでした。古代は大きな戦いに勝ちながら、なぜか胸を張って喜ぶことができませんでした。ガミラスも星の命運がかかっていたのです。お互いに生き残りを願って戦ってしまったのですが、それならもっと前に話し合うということをすべきではなかったかと、ただただ無念を噛みしめるしかなくなってしまったのです。

                     「ヤマト設定・恋する二人ラフ」1.jpg 「ヤマト・戦い終わった若き戦士」1.jpg

 

それは陰ながら古代の苦闘を支えてきた森ユキにとっても、同じ思いであったはずです。戦ということの空しさが、若い二人の胸に突き刺さっていました。しかし彼らはいつまでもデスラーとの戦を検証しているわけにはいきません。まだ旅立つときの大きな使命であった、放射能除去装置を受け取ってもいないのです。イスカンダルへ向かい一刻も早く地球へ戻らなくてはならないのです。スターシアとの感動的な対面を果たして、目的の放射能除去装置を引き渡してもらうと、傷ついた宇宙戦艦ヤマトの補修を急ぎ、いよいよ機関という運びになるのですが、スターシアはここでもう一つの想像もしなかった物語を古代に贈ることになるのです。かつて木星空間でガミラス軍との戦闘で、地球防衛軍の戦闘隊長として巡洋艦ゆきかぜを指揮して出撃した古代守は、戦闘中に行方不明となってしまっていたのです。守は戦死として処理せざるを得ませんでした。ところがその守が、なぜかスターシアに救われて、このイスカンダルで生き延びていたのです。思いがけない兄との再会も果たして、いよいよ進は地球に向かって帰還ということになるのでした。ところがその時、守はすでに艦を離れて一同を見送る人となっていたのです。いつかスターシアと心を通わせ合うようになっていた守は、イスカンダルの人となって生きる決心をしたのです。思いもしない物語をもお土産として、「宇宙戦艦ヤマト」は地球を目指して旅立つのでした。

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 時間と空間を越えたワープ航法によって、ついに「宇宙戦艦ヤマト」は、これまでにない熾烈な体験を乗り越えてついに帰ってきました。

沖田艦長は思わず地球を眺めながら万感の思いを籠めて呟きます。

  「何もかも懐かしい」

 未来を託した古代進をはじめ、使命を果たすために共に過酷な試練を乗り越えてきた隊員たちにも見守られながら、沖田艦長は輝く星となって昇天したのでした。

1975年4月30日、それで「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は放送を終えたのでした。

しかし現場で映像化していく作業をしていたスタッフは、メインスタッフとは違った目まぐるしい作業を強いられたとでしょう。どうも西崎氏は私たちに見せる姿と、スタッフたちに見せる姿はまるで違うようで、強引そのものであったらしく、ほとんどの人から冗談めかしてその異常さを訴えられました。残念ながらそれは受け持つ分野の違いというものかもしれません。私には私の困難な要求があって、時には腹だたしいことも多々ありましたが、制作者としては私たちとは良好な関係を保とうとして気を使っていたのでしょう。それにしても地球へ戻るにはもう時間的にかなりに困難が伴います。

 宇宙戦艦ヤマトはスターシアとの対面を迎えることになるのでしたが、そこではもう一つのドラマが待ち受けているのでした。

 かつてない珍しい企画で制作された「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は私にとっても、脚本家としての命運を賭けた、大きな戦いでもあったのです。

 放送を終えた私は、長いこと張り詰めた気持ちで取り組んできた事業をやり遂げたという思いで達成感に浸りましたが、しかしすぐに思い通りの結果が伴わないまま終わってしまったという無念な思いがこみ上げてきてしまいました。思い込みかもしれませんが、兎に角これまで作られてきた動画の中では、いろいろな点で画期的であったと思っていましたし、はじめて西崎氏と出会った頃から密かに期待していた期待が実現できたという満足感はあったのですが、しかしこのような状態で終わってしまうということには大いに不満でした。

 「宇宙戦艦ヤマト」は、やるだけの価値ある作品であったとは思うのですが、それが期待したほど大きな反響が得られずに終始してしまったのです。じょじょにファンも開拓しながら終えられたことは、次に繋がる作業であったと思うのですが、これですべてが終わりであるとは思いたくはありませんでした。それは制作者である西崎氏も同感であったに違いありません。お互いに、まだまだ不完全燃焼であったのです。その点については、いつかのように話し合ってみなくてはならないでしょう。

 四年前のあの「サンダーマスク」の打ち合わせの日に、突然私との対面を求めて来た西崎氏でしたが、ただひたむきさということだけで、さまざまな活動に協力しながら、とうとうここまで辿り着くことになったのでした。

 二十代の頃からの宿題であった、いつになったら作家としての足場が固められるのかという課題は、ようやく三十代後半になって、ようやく作家としての一つの世界を作りあげることができたと思いました。いつになったら作家として自信を持って生きるという手掛かり、足場が固めることができたような気がいたしました。しかしその満足感はほどほどで、その後からは不完全燃焼感がこみ上げてきてしまうのでした。

 


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アニメと音楽の部屋☆ ア24「宇宙戦艦ヤマトⅠ」残念! [テレビ]

 「 宇宙戦艦ヤマトⅠ」はとうとうその最後を迎えることになりました。

 今回はまず話の後半になる脚本を紹介したところでお話いたします。

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これらの話が決まるには、私にも細かなことが思い出せないほど、幾多の会議があったのです。そんなお話からしようと思います。


 どうも西崎氏はスタッフをいちいち集めるのが好きなようで、こんな話に呼ばなくてもいいスタッフまでを招集するので不満が漏れるのですが、その癖は治りません。シリーズの終末を迎えるとなるとこれまで以上に会議を招集してきます。いうまでもなく細かなことを含めて締めくくりをどうするかということまで議題にするので、これまでメインスタッフの会議に出ていない人には、何を発言すればいいのか困惑してしまいます。それでも呼ばれた以上発言もしなくては、なんでわざわざ仕事を中断してやってきた意味がなくなるので、これまでの中でも気にかかることを敢えて発言したりするので、脚本を纏めるものにとっては混乱をするばかりでした。兎に角このへんの記述に関しては、とてもこうして整理してお話する自信がありませんのでご容赦頂きたいのですが、兎に角さまざまなスタッフの意見が述べられて、ガミラスの星などの設定を詰めていたりしましたので、誰がどんな提案したのか、その中で誰の意見が採用されたのかも、はっきりとは記憶していないのです。しかしガミラスの最期であるところなどの映像表現については、そのへんを担当するスタッフの提案と説明がかなりあったと思うのですが、それさえもあまりすっきりとは整理できないでいないのです。それほどすべて慌ただしいスケジュールの中で行われたのです。


 兎に角これまで物語は、イスカンダルと二連星を構成しているガミラスを統率するデスラーと、宇宙戦艦ヤマトの若き司令官である古代進とは、宿敵同士という関係になってお互いに生き残りを賭けて死闘を繰り返してきているのですが、その最後ということになると、当然ですがそれなりに意味のある戦いにしなくてはなりません。下手に話を組み立ててしまうと、ここまで運んできた話のスケールが台なしになってしまいます。


星の命運を賭けた戦いを前にして、宇宙戦艦ヤマトが目前にしているのは、その戦いの焦点であるガミラスという星なのですが、それはどんな星だったのかということをはっきりとしておかなくてはいけません。これまでデスラーの地球を狙う気持ちには、よほどの思いがあったはずですなのですが、それはどういう理由によるのだろうかということです。宇宙戦艦ヤマトは長い航海とガミラスの攻撃と闘いながら、その二連星の片われであるスターシアのいるイスカンダルへ近づいてきているのです。しかしそこへ到達する前には、デスラーとの戦いは避けられません。


一体ガミラスという星はどんな星なのだろうか。それがただの星ではわざわざ宇宙戦艦ヤマトを星へ突入させるだけでは面白くもないし、これまでデスラーと死闘を繰り返してきた星があたり前の星であったら、これまで必死で話を盛り上げてきた意味もなくなってしまいます。期待感が一気にしぼんでしまうことになってしまうでしょう。それだけに決戦場となるガミラスは想像を越える星でなくてはなりません。しかしそれについては松本氏が考えているある設定があるようだったので、まずそれを聞いてみようということになりました。メインスタッフはもちろんですが、関係のありそうなスタッフは、みな招集されています。SF的な設定や映像的な処理がかなり多くなりますので、豊田有恒氏にも参加してもらいましたし、映像としての表現ということでは作画関係の人の考えもあrでしょうから、かなり熱っぽい会議が何時間にもなりました。昔から船頭多くして船山に登るという格言がありますが、これまで特に招集していなかったスタッフまで集めてしまうので、とても煮詰まった話ができなくなります。しかし西崎氏はどうもこうして多くの者に囲まれた中で指揮権を発するのが好きなように思えてきます。寂しがり屋だったのかもしれませんね。それでも何とかガミラスの星の宿命的な最期が決まったところで、いよいよ最後の問題となることをきちんとしておかなくてはなりません。古代進にとってもデスラーにとっても、生死を賭けた壮絶な戦いとなるはずなのですから、二人の立場を明確にしておく必要があります。古代にとってはこの戦に勝たなくては、放射能除去装置を受け取ることができませんし地球を救うこともできません。まさに「人のために命を捧げることができるか」という、シリーズを通したテーマを視聴者にかかわるところでもあるのです。古代進とデスラーの戦いに向かう根本的な姿勢をきちんと整理しておかないといけないということになりましたが、先刻の松本氏の説明によって、ガミラスがやがて滅ぶ時を迎えようとしている星であったということがはっきりとしました。それを知ったデスラーは、市民たちの移住先として地球を選んだのでした。彼にとってもそれを阻もうとする宇宙戦艦ヤマトは絶対に放ってはおけない存在だったのです。宇宙戦艦大和の指揮を任されている若き指揮官古代進は、地球のすべての人の生命を守るために、ガミラスの未来のために、両者は一歩も引けない状況にあります。退くに退けない古代は、運命を神に託して宇宙戦艦ヤマトと共にガミラスの星へと突入して決戦を挑むことにしたのです。


ここまえくると企画から作業を仕切ってきた西崎、山本、藤川で結論を出しておかなくてはなりません。山本氏と松本氏の間には、シリーズの途中から主義主張については行き違いがありましたから、通常の打ち合わせに山本氏が出てこなくなり、事前に西崎氏と協議して、あとはお任せという形で済ませるようになっていたのです。私は松本氏の男としての生き方を貫くことにも、山本氏の新しい時代に向かった考え方にも同感するところがあって、判断に苦しみましたが、結局最後は西崎氏の意向も勘案して脚本を書く、山本氏に判断を任せることにしたのでした。脚本が上ったら最後の打ち合わせをしようということになっていたのですが、なかなか決定稿は仕上がらないまま、結局制作にかからなくなって、結局アフレコ台本を決定稿として制作することになってしまったのでした。ガミラスは星の運命と宇宙戦艦ヤマトの相打ちを考えた、デスラーの最終的な命令によって大決戦となるのですが、その壮絶な戦いの末に、辛うじて危機から逃れたヤマトはガミラスの最期の瞬間から逃れて、その星の最後を呆然として見送ることになったのでした。しかしこれでようやく長い苦しい航海の終わりに到達したのだという満足感もあったのでした。

 


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告知と放談の部屋☆ 放36「言い訳ばかりの弟子志願」 [テレビ]

 

 意見の違う者がぶつかってしまうと、それをうまく調整して同じ作業で歩調を合わせるということはなかなか難しいことで、それからは山本氏が直接打ち合わせに現れないということは、一つの方法だったかもしれません。しかしその分だけほかのスタッフにはいつも疑念が残りつづけました。つまり、西崎氏の指示なのか、山本氏の指示なのか判らないという不満がつきまとい始めましたが、私には西崎発言が山本案に従っているように思えました。依然として番組については兎に角忙しい状態で、番組に直接関係がなくても、雑誌や放送局からの出演依頼があったりして、彼は多方面の人との接触が多くなっていましたが、大学生を中心とした若者が「宇宙戦艦ヤマトⅠ」に興味を持ってくれるようになっているようで、中には脚本家を目指したいという学生も現れてきて、自分もあのような話を書いてみたいと思うようになってくれるのは大変嬉しいことでもありました。少なくともこれまでの動画界で発表されてきた番組では、漫画を描く人にとっての憧れの作家はいるでしょうが、そのストーリーを書くということに興味を持って、作家を目指そうとする人が出てくることは嬉しいことでもありました。これまではほとんど少年少女の興味を惹くようなものであったのに対して、今回の「宇宙戦艦ヤマトⅠ」は、放射能除去装置を受け取りにいくという固い話です。ただの冒険海洋劇などというお楽しみ中心の話とは違うのです。乗組員は地球の危機を回避するための使命を背負って旅をしているのです。容赦なく襲いかかってくるデスラーの攻撃とも戦いながら、常に死と直面する緊迫した状況の中で、目的を果たそうとして青春の情熱を発揮しているのです。彼らはひたむきに地球を救うという使命のために、自分の命さえも犠牲にしなくてはならないということで悩んだりもするのです。精一杯楽しませることを工夫したSF番組が多い中で、今回のように場合によっては自分の命を投げ出さなくてはならない旅をしている厳しい話です。他人のために犠牲になるかもしれないという、あまりにも間尺に合わない覚悟の旅をしているのです。果たしてあなたはこのようなことに加われますかと問いかける番組でもあるのです。次第に目標のイスカンダルへ近づいてきていることもあって、必死でそれを阻止しようとしてくる宿敵デスラーの攻撃も激しくなってきています。しかしその戦いを潜り抜ける戦いは、常に百戦錬磨の沖田艦長の指揮でかわしていくのですが、その部下として鍛えられていたのが、砲撃を担当する戦闘班長古代進であり、彼と呼吸を合わせて宇宙戦艦ヤマトを操縦する航海班長島大介です。二人は競いながら次第に成長していくのですが、そんな二人の激闘を見つめる女神のような女性が生活班長であり分析班長森ユキでした。生きるか死ぬかという戦の中で、若い隊員たちはそれぞれ青春の血をたぎらせて使命を果たそうとしていたのです。

 そういった切羽詰まった話の進行のためか、ちょっと高齢になった大学生などには、青春物語として興味のある番組になってきていたのかもしれません。沖田十三館長のもとで、次代の艦長として鍛えられている古代進の苦闘ぶりが、若い女性ファンには魅力になったのかもしれません。負けん気で弱点を克服していこうとする彼が可愛くなっていたのかもしれません。艦の操作をする島と砲撃手の古代との葛藤、その間に入って悩む森ユキとの青春物語に、いつか現代の窮屈な思いで暮らしている自分たちの日常を重ね合わせながら、広大な宇宙空間を旅する解放感を楽しむようになっているのでした。

そんな広がりが感じられるようになっていたある日のこと、ある女子美大学の学生が弟子入りしたいといって拙宅までやってきたのです。

 確かに大真面目で真剣ではあるのですが、お嬢さんタイプでどうも文筆業を目指すタイプの人ではなさそうです。私は率直に作家を目指さない方がいいと説得しました。しかし熱心に頑張りますと言い切るので、根負けした私は何かオリジナル作品を書けたら、持っていらっしゃいと約束して帰って貰いました。

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この頃から山本氏の書く脚本が予定通りに仕上がらないために、取り敢えず仮のタイトルで出された脚本でスタッフには作業に入って貰い、その後で決定稿が完成するといった状態でしたので、今回紹介しているのは、結局アフレコを行う時に使ったっ台本を、回の決定稿だと考えて載せることにいたしました。

 問題はそれから一週間ほどした後から始まりました。

 番組が採集に向かっている最中でしたが、女子大の作家志望さんは原稿を書いてきましたが、人間関係のところがすべて都合よく処理されてしまっていて、対決した二人のドラマがまったく書かれていません。これではとてもドラマとしては通じませんと注意肄するのですが、彼女は直ぐに「そこは直そうと思っていたんです」と釈明しました。ここで人間関係がしっかりと書けなくては、ドラマにはならないと丁寧に説明して書き直すように指示して帰らせました。しかし彼女はそれから数日後に改定稿を持ってやってきました。こちらも作業の最中でしたが、乗りかかった舟です。拒否はできません。早速原稿に目を通しました。ところが今度はまた別のところで、人間関係の違いがきちんと書かれていないところが見つかりました。

「この前もいったと思うけれども、こういう大事なところがきちんと描かれないと、面白くならないんだよ」

 同じような注意をしたのですが、すると彼女はまた「直そうと思っていたんだけど・・・」と前と同じような言い訳をするのです。

 「そう思っていたのなら、どうして直して持ってこないんだ」

 とうとう私は言葉を荒げて、もう一度よく原稿を読み直してきちんとしてきなさいといって帰しました。弱点を指摘されると、その度に「直そうと思っていたんだけど・・・」と言い訳をする習性はどうしようもありません。日常生活の中でそうしたことが行なわれていないということがはっきりとしました。家庭的に裕福な状態のお嬢さんなのでしょう。何か書きたいと思ってやってきたのですが、とても業界の人となることは無理と判断しましたが、彼女もそれからはまったく連絡をしてこなくなってしまいました。

 ただ憧れだけでは生き残れないのがプロの世界です。私は現実に戻って、体調を崩してしまった沖田艦長から艦長代理を命じられた、古代進の試練を書かなくてはならなくなっていたのでした。

結果には言い訳もできません。


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