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告知と放談の部屋☆ 放74「企画に無理がないか・・・」 [テレビ]

  

「もしその気があるのであったら、角川で書きませんか」


「少年画報社」の編集をするS氏が、現在かかわっている角川書店で製作しているアニメーション映画の「火の鳥」の制作の責任者となっているA氏は、出版部門の編集長でもあるのだというのです。S氏は早速私の意志をA氏に伝えますということになってしまったのでした。


まったく思いがけないことで、小説を書くきっかけが訪れることになってしまいました。しかしこんな話がそのまま通じる訳もないという気持だったので、すべてはS氏に託した話はどういうことになって返ってくるか、あまり期待しないで待つことにしたのでした。恐らく彼は現在関係しているアニメーションの監督がりんたろう氏であったこともあったので、かつて私が「ワンサくん」などの脚本を執筆中には、山本暎一氏のアシストとして働いていたこともあって、まったく知らない関係ではありませんでしたから、アニメーション作品で一緒に仕事をしないかという誘いをするためにやってきたのかも知れません。しかもりんたろう氏は東映動画で仕事をするようになっていたということも会ったのです。私にアニメーション作品で一緒に仕事をしないかという誘いをするためにやってきたのかも知れません。ところが一寸前からですが、現在の仕事を離れて活字の世界への転身ということに考えているところだったのです。つまり私は彼の申し出とはまったく真逆になるような思いがあるということを正直に打ち明けたのです。最近あちこちから小説を書かないかという話が持ち込まれて、企画を書いたのですがいろいろな事情がって実現していないと正直に告白したのです。そろそろ時代の変革期でもあることから、アニメーションから別の世界への転身も考えなくてはならないということも率直に打ち明けたのでした。すると間もなくS氏は、わりに気楽な様子で、「もしその気があるのであったら、角川で書きませんか」ということになってしまったのでした。


希望がそのまま実現するとは考えられませんが、現在森村誠一氏の作品の映画化で、巷間大変話題づくりで評判になっている角川書店です。どんな風の吹き回しで話に乗ってくるかもしれないのです。どういう返事が来ても慌てるようなことはないと思える余裕を持っていることにしていました。兎に角現在は「ウインダリア」の映画化に向かった作業をしていたのです。


                                    「ウインダリア」1.jpg 「ウインダリア・AR台本」1.jpg


これは正確に言いますと「ウイリンダリア」というもので、オーストラリアでは知られている市民に愛されつづけている有名な樹の名なのですが、やがて故郷のその木の名をつけた遊覧船を作って、裕福な資産家がフランスのセーヌ川から運河づたいにオランダまで観光しながら旅をするという生活をしている若い青年と恋人がいるという話を、ある有名な家庭雑誌で読んだことがあったことがあって知りました。それを判りやすいタイトルに変えて「ウインダリア」としたものでした。


                                       「ウインダリア・決定稿」1.jpg 「ウインダリア・小説」1.jpg


世の中は大変変化に富んでいて、落ち着かない雰囲気がありました。


 これまで突き進んできた脚本家としての生活も、このまま安閑としてはいられません。


特にアニメーションに関して考えると、やはりこの世界ではその時その時の若い感性が絶対に必要で、ドラマの世界のように年季をつんだ脚本家の奥深さで見せきれるものとは違って、アニメーションでは時代の感性を描ききれるかどうかが生命であると考えるようになっていたのです。そろそろ年齢的なことを考えると、にこのままやっていていいのだろうかという気持にもなってきます。勿論、いくつになっても若い感性を持ちつづけていらっしゃる方はかなりいらっしゃいますから、一律に言えることではありませんが、私についてはここまで夢中でやって来たものの、ある時から活字への誘いが来るようになってから、つい立ち止まって考え込んでしまうようになっていたのです。


 たまたま若い頃・・・中学・高校生時代から文学青年であった父の影響を受けていたせいで、私もいつか「文学界」「群像」「小説新潮」などを読むようになっていたこともあったのですが、その後さまざまな遍歴があって映像の世界の人となっていたのですが、とうとう三十数年を経て気持ちが先祖がえりをし始めたのでしょうか、時代の変化が急を告げるようになってからは、一層その気持ちが強くなってきていたのです。かつてドラマからアニメーションへと転身した時もそうでいたが、時代の流れが私をその方向へと押しやったといっていいでしょう。放送界の流れが大きく変わっていく流れが、今度は私を活字の方向へと押し流し始めていたのです。


 「宇宙戦艦ヤマト」の超ヒットの影響で、テレビのアニメーションはほとんど宇宙ものになってしまって、脚本を書く者にとっても楽しみがなくなってしまいましたが、視聴者にも不満が蓄積していったのでしょう。アニメだけでなく放送界事態に危機的な状況が広がってきています。時代が転換を求めていたのでしょう。これまでとは違った感性で話を展開するものに興味が集まり出していました。実は私が次第に小説の「宇宙皇子」執筆に傾いていったのもその頃のことだったのです。幸いなことにこれまでの脚本家としての実績も積み重ねてきましたし、ヒット作品もかなりありましたので、私を支えて下さるファンの存在も後押ししてくれました。大変不安はありましたが、いよいよ小説で勝負したいと考えたのです。しかしそう思ったからといって、すぐに転身できるわけがありません。


 「少年画報社」のS氏の提案がきっかけとなって、角川への橋渡しを頼みましたが、兎に角あの企画は古代が舞台にしてあるのです。この変化の激しい時代に、果たしてあのような世界を持ち出して、若い人地は興味を持ってくれるのだろうかということが、心配になりはじめたのです。


 企画についての点検を始めていました。


 これまで小説で大事な存在になるであろう「役行者」を書いた人がいるかということを調べました。ところがあまりにも得意な存在であったことからか、明治の作家である坪内逍遥しかいませんでした。それだけに今回はそんな人物を、現代だからこそ描ける形にしてみたいと思いました。しかし物語の背景は古代であることに変わりはありませんから、現在の時代の革新気分には逆行するといってもいいかも知れないのです。よほど考えて出さないと失敗してしまうかもしれません。


 さまざまな不安を抱えることになってしまったのでした。


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告知と放談の部屋☆ 放73「角川で書きませんか」 [テレビ]

  

兎に角1983年という年は、いろいろな点で時代の変化に伴って、世の中が何かにつけて落ち着かない時代でした。これまで脚本家として思いきり仕事をしてきましたが、放送界の様子もじょじょに変化してきていていましたが、特にその中でもアニメ―ションという世界は時代の変化に敏感ですから、取り上げられる素材も変化してきています。そんな中で作業をしつづけて行かなくてはならないのですから、果たしてこれまでのような状態で仕事をしつづけられるのかと考えると大変不安が頭をよぎります。とてもこれまで通りという訳にはいかないような気がしてくるのです。そんなことから、そろそろ活字の世界への転身ということも考えておかなくてはならないのではないかと思い始めていたのですが、どうも自分の目指す新しい試みが依頼人の目指している思いとはなかなかぴったりといかない事態になり、新しい時代の流れに沿った作品として自作の企画を認めて貰うためには、かなり時を要するということを考えさせられました。兎に角焦っても不可能であるということを思い知らされたことをきっかけにして、暫くはあまり思いつめてしまわないようにしようと考えて、現在進行中の仕事のことに神経を集中させるようにしました。丁度カナメプロダクションから依頼のあった映画の素材について、どんなことを取りあげようかということで、スタッフが揃って拙宅へ集まった時のことなのですが、私は昨今の新聞を読んでいて一寸気になることが記事になっていると話したことがあったのです。それは若い女性の間で語られていることだそうですが、どうも友人同士、知人同士の間で約束をしたことを簡単に放棄してしまうようなことがあって、不快な思いにさせてしまうということがかなり起こっているというのです。約束事をきちんと守らずに、自分の都合で反故にしてしまうようなことが行なわれるというのです。兎に角友人同士、社会的な関係の人たちを含めて、一旦約束したことを簡単に破ってしまうことが、平気で行なわれるようになっているというのです。私はこの問題を知った時、江戸時代の作家であった上田秋成という人が、戦国時代を背景にして貧しい若い夫婦が生きていく話を書いているのを思い出しました。「雨月物語」という作品です。


                       「雨月物語・上田秋成集」1.jpg 「雨月物語・序」1.jpg 「雨月物語」1.jpg


若い夫は貧しい暮らしから抜け出すために、出世の機会を求めて戦乱の中へ出て行くというのです。勿論妻は反対するのですが、夫はきっと出世して戻るといって家を出て行くのです。妻はあなたが帰るまで、何があっても待っていますと約束して見送るのですが、やがて戦乱の火の手はその村にまで広がってきます。そして・・・それから数年後に出世も叶わずボロボロになった夫がやっと自宅へ戻ってきた時、愛する妻は戦火の中で命を落としてしまったのです。しかしそれでも彼女は、夫と約束した何があってもあなたの帰りを待っていますという約束を果たすために、霊となっても待っていたという話です。


私はそれを下敷きにした話をアニメーション映画にして、若い女性たちに見て貰ったらどうかという話をしました。時代の良くない風潮にも一矢報いることが出来たらいいのではないかという提案をしたのです。これまでかかわってきたアニメーション作品とは、まったく違ったトーンのものに挑んでみたいという気持がありました。若いカナメプロダクションのスタッフも、その試みには大賛成をしてくれたことは間違いがありません。一同の意気が上がったところで、誰からともなく制作に入る前に、物語の世界をハンチングするつもりで、伊豆高原へでも旅行しようということになったのでした。


 兎に角この頃は佐藤、中曽根内閣の政権が長期にわたっていますので、ほとんど第一次オイルショック・第二次オイルショックの影響のために、目まぐるしく変化していかざるを得ませんでしたので、世相にも様々な変化が起こったり、現象が発生したりしていました。パソコン世代・ロリコン・ネクラ・ネアカ・引き締めと抵抗・若者喫茶店離れ・軽薄短小・女性雑誌続々創刊・全国で校内暴力多発・おしん始まる・中流思考・働く主婦半数以上・中高年女性の麻薬汚染・一人暮らし老人100万人突破・小中学でいじめ流行・やらせ・パフォーマンス・ファミコンブーム・新人類時代・反原発運動・プッツン・都心地価高騰・三原山爆発・バブル世代・世界株大暴落・国鉄民営化・花キン・朝シャン・個性重視といった目立った社会現象として飛び出してきていたのです。そうした空気はさまざまな形で映画やテレビ番組に反映させた作品が現れていました。


1970年から1980年代の10年間は、忘れることはできない興味深い時代です。


テレビ・映画・・・「鎌田行進曲」「積み木くずし」「科学要塞マクロス」「陽当たり良好」「徳川家康」「欽ドコ」「金曜日の妻たちへ」「プラレス3四郎」「キャッツアイ」「スクールウオーズ」「宮本武蔵」「真田太平記」「タッチ」「ゲゲゲの鬼太郎」などが次々と発表されていきます。私がテレビへ送り出していったアニメーション作品も、こうした時代の若い人々の心理的な世界を反映させていたことは間違いありません。しかし今回はそれらとも違う狙いで、「ウインダリア」という物語を書いたのでした。


                                    「ウインダリア原作」1.jpg  


  混沌とした時の流の中で、映画の準備をしながら私は竹宮恵子さんの「地球テラへ」の映画の公開が発表されるのに合わせて、1980年の12月には朝日ソノラマ社から依頼を受けていたノベライズ作品が発売されていたのをきっかけにして、これまでお付き合いがなかった「少年画報社」のS記者から、その主題歌を歌ったダ・カーポとの対談をして欲しいという申し出があったのです。彼らとはもう大分前からコンサートなどの構成をしたりしていたことがあったので、私は彼らと赤坂の東急ホテルでの対談を行うことにしたりしました。ところがそれが縁となってS記者からは改めて会いたいという依頼を受けることになったのです。丁度その頃彼は、角川書店が制作している手塚治虫原作によるアニメーションの「火の鳥」の制作の話を掲載するために、監督のりんたろう氏にいろいろなことで協力をしているのだというのです。すると彼は話が弾んできたところでそのうちアニメ作品を角川書店で書きませんかというのです。ところが私はその時、


「お話は有難いのですが、私はそろそろ活字の世界を開拓してみたいと考えるようになっているところなんです」


現状の気分を正直に告白したのです。


するとS氏はどんな計算が合ったのか判りませんが、突然話の方向を変えて、


「もしその気があるのであったら、角川で書きませんか」


気安く誘ってきたのでした。 


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告知と放談の部屋☆ 放72 「運・不運に耐える辛抱」 [テレビ]

  お陰様で映像の世界で何とか目立つ存在になってきましたが、その三十数年という年数の間には思いがけないような経験をするようになるものです。つまりある時から、突然こうしたいという思いがまったく受け入れられないということが起こり始めるのです。つまり不運に見舞われてしまうのです。新人のころはそんな状況に見舞われると、顔には出さないものの大変焦ったり、苛立ってしまったりしてしまうのですが、そんな時にはどうもがいても運の悪さは解消できません。兎に角我慢強くさまざまな状況が好転してくるのをじっと待つしかありません。しかしある程度実績も積み、仕事もつづいて順調にこなしてきていると、別にこれといって大きなミスをしたということもなく、これまでと同じように努力をしているというのに、どうして突然目の前の道が塞がってしまっていて勧めなくなってしまうのです。あなただったらこんな時どうしますか。

普通はお酒などを飲んで憂さ晴らしなどをするのでしょうが、私のように酒があまり飲めない質の人にとっては、大変厄介な巡り合わせとしか言いようがありません。とに角こんな時に焦って事を起こしてしまったら、そのために却って行き詰ってしまうということになってしまうものです。


 今回はそんな運気の流が突然停滞していまい始めた時の話なのです。


 前述しましたが、これまでテレビでの作業が順調すぎるくらいのペースで進んできていたのですが、時代もじょじょに変わりつつあり、それにつれて世情の傾向も変化していくようになると、次第に自分を取り巻く環境も変わっていくものです。これまではほとんどこうすれば時代の要求に応えられると提案すれば、依頼してきた人もおおむねその意図するところを理解してくれましたし、一寸疑問に思うようなところもあっても、その企画を拒否したりするようなことはありませんでしたが、ある頃からこちらがかなり考えて作り出した企画であっても、どう企画の意図を力説しても、気持ちよく受け止めて貰えないことが起こり始めてしまうのです。例えば過日お話しましたが、集英社の文庫の企画を依頼された時のように、結局こちらの準備不足もあったのですが、これまでの傾向から離れた世界を扱った作品で勝負をしようと思って、「宇宙皇子(うつのみこ)」の原点になるであろうと思っていた企画を出したのですが、残念ながら受け入れては頂けませんでしたし、結局その頃の安定した読者の好みであったSFファンタジー「銀河創世紀伝」を書くことになってしまいました。時代の変化に先駆けて、挑戦しようと意気込んでいた企画は、そのまま受け入れて貰えずに、結局これまで読者の受け入れ易い傾向の作品を書くことになってしまいましたし、つい最近の話であった某新聞社の連載に関する企画集英社へ出したものよりも内容を精査した「宇宙皇子」の企画を出したのですが、その狙いに関しては先方もかなり乗り気にはなって頂いたのですが、話を進めていくうちに、その連載一年間の週一という連載で52回という回数でまとめなくてはならないという問題にぶつかってしまったのです。これではこちらの考えているスケールの分量はこなしきれません。完全に実現不可能ということです。今回は自分の予定する構想に合わないということになって、連載を諦めざるを得なくなってしまったということです。


時代の変化に伴った新分野の開拓というつもりの挑戦的な試みだったのですが、いずれも目的を果たすことができませんでした。これまでの実績に乗って考え出した企画ではあっても、それがそのまま受け入れて貰えるとは限らないことになってしまうのです。こんな時には本当に残念な気持ちを味わうことになってしまいます。一度ならず、二度も依頼を貰いながら、実現できないまま終わってしまったのです。ひょっとして自分は運がないのかなどと、一寸悲観的になったこともありましたが、それと同時に新たな時代の流れを読むことに、ズレが生じ始めてきていたのかも知れません。特に「宇宙皇子」の原点になる話の時代は古代ということですから、時代の先端を走り始めている空気とは逆行しているのではないかと思ったりもしました。そんな企画を押し出そうとするのですから、拒否反応に出くわしてしまうのももっともなのかもしれません。兎に角これまであまり順調に仕事が進められてきていたということもあって、かなりショックでした。しかし多少前に進もうという気持は削がれていたものの、何とか気持ちを立て直して、もう一度時代の研究をし直して企画を練ってみようという気持になって、しばらくそれは仕舞っておくことにしたのでした。


気持ちを落ち着かせて、これまでの自分の奇跡を振り返ったりもしました。若い時に時代の変化に伴った文化への関心が揺れて、活字文化にこだわるか新たな映像文化への関心を深めていくかと思い悩んだことがありました画、これまでのラジオという電波による表現の場から、テレビという新たな表現の場に興味を惹かれながら、時代の求める変化ということに揺さぶられつづけてきた結果、さまざまな事情を経過して私は映像の世界に活路を求めてテレビの世界へ飛び込んでいきたのです。それでも活字への興味は捨てきれてはいませんでしたので、兎に角暫くは思い当たるようなことがあれば、雑記帳にメモを取っておくというくらいに留めていくようにしていました。


時代はさまざまな世界の流に翻弄されながら、放送界もこれまでのように順調に発展していくとは思えない停滞期になっているようで、どうも昨今は活気を失ってしまっているとしか思えません。それだからこそ挑み出した新企画ですから気持ちとしては、その試みは止めるわけにはいきません。気持ちが落ち着くのを待って、焦らずにその内容について検討し直してみる気持ちになりました。その内容の目指す方向について更なる魅力を付け加える余裕を持てましたし、思いがけないつくものアイデアを付け加えることもできました。どこへ持ち込もうかなどということもまったく考えずに、当面の仕事に集中していったのでした。不思議なことで気持ちの整理ができると、少しでも早く実現しようとする焦りもなくなっていったのでした。ひょっとすると、これは企画のまま現実化できないままで終わるかもしれないと思ったりもしながら、何が企画としての弱点になったのかということについてゆっくり考える余裕も生まれました。


こんな状態で、何かにつけて不運としか言いようのない状況と葛藤しなくてはならないことと向き合わなくてはならないこともあるのですが、そんな時もいつかいい運が巡る時もあるのだからと思って、その時がくるのをじっと我慢して待つことが出来なくてはなりません。それを実証するようなお話はやがて発表できることになるのですが、それはもう一寸お待ちいただかなくてはなりません。兎に角すべてが順調に進んでいた時でも、ある日突然気が付かない内に時代の気まぐれによって、新たに試みようとした企画も無視されることがあるものです。もしその企画をどうしても実現したい時には、焦らずにじっと我慢して時を待ちましょう。時間をかけてその内容をじっくり検討して充実させていきましょう。いつかその内容が活かされる時がやって来るものです。その間の我慢がしきれないとすべてが潰れてしまいます。


 私は二つの体験をしたことで、運気が整わない時の過ごし方を学びました。


自信のある企画でしたら、その企画が間違いないかを検討し直してみる機会を持ちましょう。どうかそれまでは、順調に進んできたのになぜ急に支障が起こり出すのだろうと焦ったり諦めたりしないで、じっと気持ちを抑えて我慢しましょう。いつかあなたの思いが、純粋で熱意に満ちた魅力的な企画であったら、きっといつか取りあげられる機会は巡ってきます。 

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思い出作品の部屋☆ 思5「小説への誘い多し」 [テレビ]

  

「マジンガーZ」「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「六神合体ゴットマーズ」とヒット作品の執筆がつづくうちに、その頑張りが浸透したということでしょうか、テレビだけでなく雑誌で何か書きませんかという話が増えてきましたが、小説についてもあちこちから執筆依頼があって、さまざまな仕事の合間を縫ってそれらについても考えておかなくてはならなくなっていました。そんなある日のこと、アニメーション雑誌として人気のある「アニメージユ」で、若い人に起こっているさまざまな問題について、どう受け止めるべきかを提言して欲しいという希望が持ち込まれたので、これまでとは違った世界を開拓するつもりで引き受けました。その結果、間もなく「明日にドライブ!」という人生相談記事を連載することになったのです。友達との関係や好きな人との問題などという、如何にも青春時代にありそうな問題についてお答えしているうちに、ある女子高生からの投書があってびっくりしました。極道の世界に身を置く父親を持っている女子高生からの相談で、同じ極道の世界に身を置く弟分と婚約をさせられそうになっているというのです。どうしたらそれを断れるのかという切羽詰まった相談でした。流石にこんな時には、ただ人生経験だけでは、簡単に答えることもできませんから、私は兎に角学校の担任の先生に相談して、問題の解決には校長先生にも協力して貰うことを勧めました。その後特別新たな事態が発生したという連絡もないので、いい方向で解決したのではないかと思いましたが、青春時代にありがちな友人関係、恋愛問題ということだけではない問題が持ち込まれるので、大変難ししい分野の仕事であるということも実感することになりましたが、私としてはテレビでの作業と同じで、どうせ書けるようになるのであれば、物語が書けないかなと思っていました。勿論、こういうことで雑誌に場を持つのが願いではありませんでしたが、かつて朝日ソノラマから頼まれた「さすらいの太陽」の小説が、意識しすぎということもあってなかなか仕上がらずに苦労したことがありますので、物語を伴った原稿に関してはまだ自分から積極的に書かせてもらおうという気持もありませんでした。


しかし高校生であった頃から、一度は小説を書くようになりたいと考えていたこともあったくらいですから、テレビの仕事にある程度の成果を上げた状態になると、ふと小説を書くとしたらどんなものかなという気持になって、時間のある時にはメモ帳などにさまざまな思いつきを書き止めておくようにしていたのです。そのうちに、もし小説を書くようなことが起こったら、こんな話を素材にしてもいいかなと考えるようになったのが、古典の「今昔物語」を読んだことがきっかけでした。いわゆるテレビ化してもいいようなネタ探しという意味もあったのですが、やがて何か小説を書く時の素材のヒントになるものはないだろうかと気楽に読んでいたのですが、それには日本各地で起こる変わった話が集められていましたので、そんな中から役行者という修験者が、大変神秘的な雰囲気を発散させながらきわめてSF的な能力を発揮して、庶民の苦難を克服してしまうようなことを行ったり、時には権力者にあっと驚くような能力を発揮してするのを知って、大変興味深くなっていったことがありました。そんなことがきっかけとなって、彼の身辺についての調査をしてはメモに取っていくようになっていきました。


そしてやがてこれまでにこの役行者という人間を主人公にした作家はいるだろうかと考えて調べてみたのですが、やはりかなり現実とは言い切れないものがあるためか、明治の作家坪内逍遥以外には誰も正面から取り組んだ作品はないということが判ったのです。私はその時から、彼を使いながら、まったく違った物語を書いてみたくなりましたが、私は彼をそのまま書いても面白くならないと判断して、もし物語を書くのであれば、彼を師として仰ぎ、蝶能力者として能力を身に着けようとする少年を設定してみようと思うようになっていました。しかしそれからも映像の作業を進めながらですから、活字の作業に没頭するということにはならずに、テレビの作業を進めていくあいた時間を見つけたり、テレビの作業をしながら気分転換に物語の素材を集めたり、資料の整理をしたりするのにとどまっていたのです。それでもその時その時に書き止めてあったメモがかなり集まってきていました。役行者についての調査が進むのに合わせて、新たに作り出そうという少年についてのイメージ作りも進めていったのです。


そんなことをはじめてから暫くして、ある新聞社から新聞で連載をしてみませんかという申し出がありました。兎に角話を聞いてみようという気持になりましたので、担当の編集者と会うことになりましたが、やって来た編集担当が持ってきたのは新聞一面に連載されている絵物語で、日曜日に特別に企画された絵物語だといいます。一ページにイラストとそこに物語が簡単に書かれているものだったのです。これを毎週日曜日に連載という形でやりたいので、その企画をお願いしたいということでした。つまりその計画で言いますと54週で修了するというものです。しかし絵物語ですから物語を展開するには限度があって、とてもその時考えていた役行者とその弟子と慕う少年との物語を展開することは、絶対に師と弟子の関係やその活動について書いていくことは無理であると判断しました。新聞連載という大変有難い企画ではあったのですが、考えていたスケールをではとても収容できないと判断して、申し出に関しては残念ながら考えていることを執筆することには無理を生ずるということを説明して、お断りすることになってしまったのでした。


ふと思い出すのは集英社からの文庫作品の企画依頼のことでした。あの時もSF作品と同時に、その頃までに集めてあった古典を下敷きにした古代小説・・・つまり「宇宙皇子」の原点となる話を持っていったのですが、結局それは採用にならず「銀河創世紀伝」というSF作品になってしまったのでした。どうやら私が興味を惹かれる古代を舞台にした話は、現代では取り上げられないかも知れないのだなと思ったりしたものです。


思い出すのは高校時代の部活で参加していた頃に、「渦」という高校の同人誌に「地蔵」という短編を発表した時のことです。


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当時国語の教師をしていた、筆名中島河太郎・・・中島馨先生からが指導していた「将来の芥川作家だ」などと大変な評価をして下さったことが、担任の先生に伝えられたことがあったものですから、私はいつか小説を書きたいと思うようになったのでした。しかしその後放送文化に変化が起こりだします。これまでと違ったテレビという新たな盛会が切り開かれるという動きが始まりました。それでも活字の世界を捨てることはありませんでしたが、新しい放送文化への興味についても無関心という状態にはならないでいたのでした。


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言霊謎解きの部屋☆ 言27「ひとくち言霊」(睨まれる) [テレビ]

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 「上司に睨まれちゃってね」

「先生に睨まれちゃった」


「親父に睨まれちゃった」


とにかく睨むということが、よく使われます。


あまりいい意味で使われることはありません。


大抵の場合は、こちらにいけないところがあって、それを咎める意味で相手が睨んでくるわけですが、どうもこれは、日本古来からの大変重要な習俗であった、「見る」という効力を発揮させることの延長だと思うのですが、同じ睨むでも大いに歓迎されていた「睨む」があったのをご存じでしょうか。


江戸時代の市民は正月になると、今日は「睨まれて来よう」などと言って、浮き浮きして家を後にしていったというのです。それはそうです。実は歌舞伎見物に出かけて行ったのです。しかもこれは大抵お正月のことだったのです。江戸時代の歌舞伎の人気俳優と言えば市川団十郎ですが、彼は正月の出し物の一つに「睨み」というものがあって、それを必ず演じたのです。


別に芝居ではありませんから、台詞もなければ演技があるわけでもないのです。


彼は観客を上手から下手に向かって睨みつけて行くのです。


市民が嬉しそうに、「団十郎に睨まれてこよう」といって、いそいそと芝居小屋へ出かけて行ったのは、そのことだったのですが、一体、そうされることで、どれだけご利益があるというのでしょうか。


実は団十郎の信仰にあったのです。


代々市川家は成田山新勝寺のお不動様を信仰していたのですが、その威力を受けた彼が睨むことで、病魔も退散させることができるということが広がっていったのです。今でも団十郎は、節分の時の豆まきの時には、必ず招かれていますが、そうした理由によるのです。


まぁ現代のように理屈っぽくない、おおらかで、信仰心の旺盛な時代のことですから、団十郎に睨まれればその年は息災に生活できるという噂が広がって、正月は必ずその「睨み」という出し物があったのです。


つい最近も歌舞伎座において、それは演じられるようですが、それがいわゆる出し物として定着していくと、当時の風俗を知る上でも出し物としても面白いのではないかと思うのですがどうでしょうか。 

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アニメと音楽の部屋☆ ア53「プライムローズ放映前後」 [テレビ]

  

大分前のブログですでにお話しましたが、1983年という年はさまざまな作品が発表された年でした。それはほとんど二年前から準備されてきたもので、それらの発表がたまたま1983年になったということなのです。「宇宙戦艦ヤマトⅢ」の公開につづいて小説「銀河創世紀伝」の一巻目である「聖戦士キリー」二巻目の「シャングリラの星」が発売になったり、つづいてテレビでは「プラレス3四郎」のシリーズが始まると、更に時を置かずに「キャッツアイ」のシリーズが始まると、それにつづいて8月21日には、日本テレビの「愛は地球を救う」の中で「プライムローズ」が放送されることになったのでした。


二年前の1981年では東映動画の「1000年女王」の映画化に向けた打ち合わせを重ねている最中でしたし、東京ムービー(現TMS)の「マーズ」の企画が持ち込まれていたところでしたが、そんな最中に私にとっては大きな出来事がありました。「宇宙戦艦ヤマト」に関係したために、西崎義展氏に協力する者として私は手塚治虫先生の怒りの対象になってしまっていたようで、「新鉄腕アトム」の脚本執筆を日本テレビがメインライターとして執筆の依頼をしてくれたのですが、手塚先生から「西崎に協力する者には書いてもらいたくありません」ということで、かかわることを拒否されてしまったのです。番組に関係するさまざまな関係者は、何とか先生を説得しようと努めたのですが、先生の姿勢はまったく変わりません。それからも多くの人々が私の番組への執筆が可能になるようにと、時間をかけて努力して下さったお陰で、ついにその年の5月1日に先生との関係を修復する機会を作って下さったのでした。


高田馬場のレストランでの会食をしながら話し合うということになったのです。


ようやく先生と対面を果たしたのですが、兎に角私はどんな思いで青少年に向けたテレビの番組作りをしてきたのかという、作家としての姿勢についてお話しましたし、西崎氏の経歴についてはまったく知らずに付き合ってきたので、彼の生き方について同調するものでもないということを説明して、虫プロ倒産ということについてもまったく知らずに、番組制作に協力していたのだということを説明して、最近の彼の人間性に疑問を持つようになったこともあって、すでに次の「ヤマトⅢ」の作業からは退いてしまっているということを真摯に説明いたしました。それで私の誠意が何とか先生に通じたのでしょうか、二時間余りの対話と食事の間に、先生のわだかまりも氷解して下さったようです。手塚先生は最後に、「今度私と一緒に仕事をして下さい」と優しい言葉をかけて下さって、その日の劇的な対面を終えてまた仕事場へ戻られたのでした。それをきっかけにして、今度は直ぐに「新鉄腕アトム」を書いて貰うという話になったのですが、ほとんど一年間は手塚先生の誤解が解けなくて執筆不可能な状態であったために、すべてが解決した時には、すでに番組の制作は終了間近に差しかかっていたのです。それでも一本だけは書くことができましたが、私の最初で最後の作品となった台本はついに私の手元には保存されていません。兎に角「新鉄腕アトム」という番組はその年の12月23日に終了してしまうのでした。それにしても私をかばいつづけて下さった皆様には、感謝のしようもありませんでした。


それから間もなく手塚治虫先生の「プライムローズ」は、秋田書店の「週刊少年チャンピオン」に連載が始まりました。そしてその年は「ゴットマーズ」の仕事に集中していることになったのですが、ようやく一本書いただけの「新鉄腕アトム」は、翌年の1982年の12月までつづいた番組は、ついにそれで修了することになってしまったのでした。その後からはすでに書きましたが、小説「ゴットマーズ十七歳の伝説」の執筆にかかり、その映像化の作業にかかったのです。しかしその間に「プライムローズ」の連載も進んでいて1983年6月30日で完結すると、手塚先生からこの作品を脚本化して下さいという話があって、直ちにその原作はこれまでの連載原稿がまとめて届けて下さいました。


私の純粋な気持ちを理解して下さった手塚先生が、和解の席で「今度は私と一緒に仕事をしましょう」といって下さった答えは、日本テレビのイベントである「愛は地球を救う」の中で放送されることを予定して書かれていた連載作品であったのです。


完結と同時に早速その映像化の準備となって、早速脚本にまとめて提出しましたが、決定稿は手塚先生の自宅でということになりました。


   「プライムローズ連載・第一回」1.jpg 「プライムローズ・胆原兄弟奮闘」1.jpg 「プライムローズ連載・第一部終了」1.jpg


原稿を持って自宅へ伺ったのですが、和室で原稿をチェックして頂きましたが、緊張して見つめている私に、先生は「ご苦労さまでした」と仰って、作業としてはそれで修了ということになったのですが、先生は原稿を持って立ち上がると、「藤川さん。一寸待っていて下さい」そういい残して奥の部屋へ入っていかれたのでした。


引き留められた意味が分からずに待っていたのですが、ようやくあることを思い出しました。先生と和解の話が行菜われた時に、プロダクションの社長のM氏に先生のサインを記念に頂きたいとお願いしてあったことを思い出しました。


数分後に色紙を持って戻ってこられた先生は、


「色を付けていなくてごめんなさい」


とおっしゃりながらプレゼントして下さったのがこの色紙でした。


先日お願いしてあったことを、忘れてはいなかったのです。


               「手塚治虫氏」1.jpg


           「プライムローズ」(前編)1.jpg 「プライムローズ」(後編)1.jpg


その後は監督の出崎哲氏を中心としたスタッフの作業にお任せして、8月21日の「アイワ地球を救う」で「プライムローズ」は無事に放送を終えたのでした。


 


 私にとっては直接関係のないことではあったのですが、手塚治虫先生と西崎義展氏の間に起こったさまざまな問題が飛び火して、「宇宙戦艦ヤマト」に関係したために手塚先生の怒りが飛び火して大変な迷惑を被ってしまったのですが、兎に角すべて私に関しての誤解は解けたのですが、これで手塚治虫先生との縁は切れてしまうことになるかも知れないと思っていたのですが、それから一年後には感動の再開がありました。それはまたその時がきたらお話しようと思います。


 


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告知と放談の部屋☆ 放71放71 「女性重視時代」 [テレビ]

  

時代の進化によって人の暮らしの様子が変わっていくに従って、その人たちの感性も価値観も変わっていきます。ライフスタイルも変化していきます。かつてはそれが大事だと思っていたことも、むしろそういった感性は否定的になってしまうこともあります。じっくりと考えてから動く者はネグラなどといわれて差別されてしまうような時代です。遠慮がちであった自己表現も、パフォーマンスといわれるようになって気軽になっていきました。


「キャッツアイ」は正にそんな時代に登場してきたのですが、これまで絶対と思われてきたものが、思いがけないことで覆ったりもしてしまいます。そんなことが若い女性の三人組にしてやられてしまうのです。時代は価値観の変化を象徴していきます。そしてそれと同時に、社会での女性の立場がこれまでと大きく変わっていきました。溌溂として動いて、これまで絶対と思われてきたものの重量感が、あっさりと彼女たちの軽快な活動で覆されていく爽快感に拍手が起こります。「キャッツアイ」という女性だけの主人公が活躍するアニメーションに注目が集まるということは、時代の象徴的な現象です。


 そんな三姉妹を演じて下さるのが、眸・戸田恵子・愛・坂本千夏・泪・藤田叔子さんという声優さんたちでした。通常は彼女たちが熱演するダビングの場には、原稿執筆に追われているために出かけられないのですが、そんな私のために、番組の進行中に彼女


たちのサインの寄せ書きをプロデウサーに託して贈って下さったのでした。今では実にいい思い出の記録になりました。


                                           「キャッツアイ」(声優サイン)1.jpg


 (眸・戸田恵子・愛・坂本千夏・泪・藤田叔子)


  あまりせっせと書く状態にはならなくなりましたが、文芸担当のI氏からは、たびたび電話があっていい脚本家がいたら、是非紹介して欲しいという依頼がありましたが、番組センスに合うと思われる人はついに最後まで紹介することができませんでした。それにしても「キャッツアイ」という女性だけの主人公が活躍するアニメーションに注目が集まるということは、時代の象徴的な現象です。お陰様で番組は終了後にも、全話の入ったVDVが発売になりました。一寸窮屈なお話になってしまいましたが、どうしてもそうしたことをお話しておくべき時代が訪れてきたのです。


 


 あまりせっせと書く状態にはならなくなりましたが、文芸担当のI氏からは、たびたび電話があっていい脚本家がいたら、是非紹介して欲しいという依頼がありましたが、番組センスに合うと思われる人はついに最後まで紹介することができませんでした。それにしても「キャッツアイ」という女性だけの主人公が活躍するアニメーションに注目が集まるということは、時代の象徴的な現象です。お陰様で番組は終了後にも、全話の入ったVDVが発売になりました。一寸窮屈なお話になってしまいましたが、どうしてもそうしたことをお話しておくべき時代が訪れてきたのです。


                   「キャッツアイ・1」1.jpg 「キャッツアイ・1から5」1.jpg 「キャッツアイ・2」1.jpg 「キャッツアイ・6から9」1.jpg


  


時代の推移を見つめながら、多少「キャッツアイ」から解放された私は、「プラレス3四郎」という番組で親しくなった「カナメプロダクション」の社長からある相談を受けていたのです。


 つまり番組が終了すると、作画監督を務めていた(いのまたむつみ)さんが、アニメーションの世界から身を退いて洋画の勉強をしたいということを言い出しているというのです。社長はそれを引き留めようとして奔走していたようなのですが、そんなところへ助け舟として登場したのが、アニメーションのグッズを制作販売していた「・・・・」の社長であったO氏でした。彼はカナメプロに資金援助をするので、映画を作らないかという提案をされたというのです。カナメプロの社長がやってきたのは、その映画の原作を書いて貰えないかという依頼のためであったのです。


 いのまたむつみさんの作業を見届けているうちに、ここでいきなり辞めてしまうというのはよほどの決心です。折角のチャンスとして活かしもしないで止めてしまうというつもりになってしまったのは、よほどのことがあったに違いありません。


社長の説明によると,あまりにも若い年齢で作画監督などという重責を果たすことになったことに対する羨望が非難に変わったのでしょう。大分心の負担になるようなことが言われるようになって、かなりそれが心の負担になってしまっていたようでした。


 折角の逸材につまらない決心をさせてしまうということは、プロダクションにとっても損失になってしまいます。自社で作る映画で思う存分力を発揮させてやりたいという願があって、その原作を頼みたいということになったのでした。


 幸いなことにプロダクションにはグッズを制作販売している社長のO氏が、そのバックアップをすると申し出て来たということでした。


 そんなこともあって、丁度時代の転換期であると考えていた私は、これからどういう方向へ向かって行ったらいいのかと真剣に考えるようになっていったのです。その結果


私は、カナメプロからの依頼を受けて映画の原作脚本を書くという、新たな試みに立ち向かってみようという目標を立てたのでした。


 女性が大変尊重されるようになったこともあって、かなり自由奔放にふるまう女性が多くなっていたことがあって、それが日常の中で思いがけない性癖となって現れ、新聞などで取り上げられるようになっていたことがありました。つまり交際している友人との約束を平気で守らないいいということをしてしまう女性が出てきているというのです。


 私はその時、ふとある古典を思い出していたのです。


                       「雨月物語・上田秋成集」1.jpg 「雨月物語・序」1.jpg 「雨月物語」1.jpg


  


江戸時代の作家上田秋成の「雨月物語」という作品でした。


 戦国時代を生きるある夫婦ですが、金もうけを企んだ夫は戦乱の巷へ飛び込んでいくのですが、その時妻はどんなことがあってもあなたが帰ってくるのを待っていますと約束するのです。やがて何年かして、金持ちになっても戻るといって家を出て行った男は、思い叶わずに夢に破れてボロボロになって帰ってくるのですが、妻もその境遇は大きく変わってしまうのですが、それでも夫との「約束」を守って、昔の家で待っていたという話でした。約束を守らない女性が横行する現代女性に問題提起をしたくなったのです。わたしは「約束」ということをテーマにして映画のための原作を書いてみようと決心したのでした。


その話はその時にお話しようと思います。


時代が女性に焦点を合わせてきた時代ということで、拙著の「ウインダリヤ」の誕生のきっかけまで触れることになってしまいました。


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アニメと音楽の部屋☆ ア52「キャッツアイと女性」 [テレビ]

 

実に1983年という時はアニメ界にかなりの変化が表れてきた時代であったように思えます。これまで放送で取り上げられてきた作品のほとんどは、男性が中心になって活躍する作品でしたし、そういった作品の映像化ということではその脚本を担当する者もほとんど男性でした。しかし今回取り上げられた作品の原作は、北条司という男性であるものの活躍するのは眸・愛・泪という女性三人姉妹による怪盗物語です。


 これまではあくまでも男性のヒーローを支えるか、引き立てる役割を果すか、ヒーローが憧れる存在として描かれてきた女性でしたが、時代の価値観が変化していく中で、その存在感に変化が表れてきていました。


新しく社会で注目される存在になり始めていた女性を、無視することはできなくなってきていて、社会での女性を見る目が大分変わってきています。時代は次第にその存在感を無視できない存在になりつつあったのです。時代の変化には敏感であったテレビでは、早速1978年6月には大和和紀原作による「ハイカラさんが通る」という作品を登場させました。しかしまだそれは社会の現象としてはそれほど目立った現象にはなっていなかったこともあったことから、話題にはなりましたが一気に視聴者の注目を浴びる作品にはなりませんでした。新しいものには少しでも早く飛びつく放送界ですが、まだ社会現象になるほどの反応はなかったのです。矢張り変革の始まりという時代であったのかも知れません。それから三年後のことです。もうこの頃になると、世相はかなり前とは違ってきていて、ライフスタイルもどこかに和風を抑えて洋風が中心になってきていたこともあって、新しいもの好きなテレビのアニメーション番組には、「キャッツアイ」という女性が主役になった怪盗の物語が登場してきました。つまり数年前から時代はさまざまなことで変革が進められてくる中で、社会のリーダーも男性を押し分けるようにして飛び出して来る女性もいましたが、市民活動家であった市川房江さんなどが衆院議員に当選したりしてきたのです。


 前述の1978年代の「ハイカさんが通る」では、主人公は女性ではあるものの明治時代から大正時代に転換していく中での、時代の先端をいこうとする女性を中心にした話でしたが、男性の支配に対して精一杯抵抗して新しい時代の呼吸を発揮していこうとする姿を描き出していったのですが、時代の進化の速度は時と共にその変革の速度を早めてきていて、それから数年後の「キャッツアイ」では完全に女性の姉妹が中心となって、いうなればこれまでの男性社会に対して挑戦していくような・・・いわばこれまででは絶対に女性がやらないような、社会に対する挑戦をやってのける話です。


同じ東京ムービーでは、かつて「エースを狙え!」という女性を主人公にしたスポーツアニメーション番組がありましたが、主人公である岡ひろみという新人プレーヤーと、先輩の竜崎麗香・・・通称お蝶夫人という異称を持つ女性プレーヤーを話の中心に置いた作品でしたが、まだこの頃では、彼女たちの葛藤を描きながら、実は彼女たちにからんだ高校のテニス部に存在する、宗方仁という憧れのコーチが存在していたり、藤堂貴之という同じ部員で女性部員の憧れる期待の選手が設定されていて、一見女性を主役にしながら実はそれぞれに宗方と藤堂という男性が、二人の心理的な面で微妙に関係しているという青春時代の物語として組み立てられていました。次第に女性が進出してくる時代の作品ではあるのですが、まだ新たな時代への過渡期に登場した作品といった方がいいかも知れません。女性は完全に自立した存在とはなっていなくて、常に彼女たちの背後には宗方仁、藤堂貴之という男性の存在がいて支えられているという状態でした。ところが今回登場した「キャッツアイ」は、更に時代の進展によって、女性の社会進出が進んできていた時代を象徴している作品のように思えます。女性だけの三人姉妹によって繰り広げられる怪盗のものがたりです。幸いにも時代の変化が激しくなってきていたのですが、これまでの実績もあったことから東京ムービーは仕事を依頼してくれました。しかし今回だけは、ちょっと気持ちではためらうものがありました。自信を持ってシリーズを引っ張っていけるという覚悟が持てなかったのです。感性というものについては大変敏感であった私は、これまで数々のヒット作品にかかわってきた自信を持っていましたが、時代の進化の様子を敏感に感じてきていた私は、刻々と変化してきている感性や価値観というものについて、それをどのくらいうまく表現していけるだろうかということに、かなり不安を感じていたのです。番組のメインという立場でかかわるとしたら、やはりかなり責任を感じるものです。何とかヒット作品にしていかなくてはなりません。果たして時代の空気を掴まえて作品の中でそれを発揮させることができるのだろうかと考えると、一寸不安でもあったのです。既に今回の文芸担当となったI氏は、私を中心に置きながらKという若手女性脚本家を控えに配置してきたのです。作品を考えた結果ですが、昔だったらまだ番組のスタートに当って起用されることはなかったと思われる若い作家をメンバーの中心に入れてきたのです。I氏はそれから間もなく、若手女性脚本家と親しくしている中堅の男性脚本家T氏を配してきましたので、なかなかうまい発注の仕方をしたものだと思いました。


                    「キャツアイ」1.jpg


取り敢えず直ちにスタート台本は書き終えましたが、私を取り巻く環境は確かにこれまでのシリーズを書く時とは大分様子が違ってきています。文芸の責任者となったI氏は、私をホローするための準備を整え始めているのです。


原作をチェックしているうちに、男の感性であったら無視してもっと大胆に目標につき進んでいくだろうと思われるところでも、女性はいかにも女性らしい感性と繊細さを発揮しながら盗みに入るという能力を発揮していかなくてはなりませんし、その戦略についても女婿同士の感性というものがぶつかったり、判断があったり、危機突破のアイデアを発揮しなくてはなりません。私はスタート台本を書きながら、新たな文芸担当のI氏には、これは女性脚本家に任せた方がいいのではないかと率直に申し出ておきました。案の定それから間もなくI氏は、若手女性脚本家が最近結婚した男性脚本家のT氏を配してきました。なかなかうまい発注の仕方をしたものだと思いました。


 こんな経緯があって、私はその後に数本の作品は書きましたが、あまり深入りはせずに、時代の感性というものを上手く取り入れて書ける脚本家を選んでくれるように再度依頼して、じょじょに番組からは遠ざかるようにしていたのでした。


 こういう時代の変わり目はすでに経験してきましたが、時代の空気を読み取るということの重要性を学んできていましたから、決して戸惑って狼狽することはありませんでした。新たに起こってくると思われるこれまでとは違った時代の特性というものは、しっかりと考えておくべきだと思っていました。


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告知と放談の部屋☆ 告9「Blog domain変更のお知らせです」 [テレビ]

                                                      「素材・原稿執筆中」1.jpg 

  これまでブログをご覧頂いてきましたが、2021年2月1日から、ブログがso-net

本体から離れて、「SSブログ」として独立したところで管理されるようになりました。


一応so-netから離れましたが、同じso-netで変わりはありませんので、今後は検索で「SSブログ」と打ち込んで頂けば、同じように開くと思います。


ただこれからお話がテレビから活字の世界のお話になることが多くなると思いますので、ジャンルを「テレビ」から「文化教養」に変更するかも知れませんので、あらかじめお知らせをしておきたいと思います。


突然ですがあれこれお知らせをしておくことにいたしました。


これからもよろしくお願いいたします。


 


                                藤川桂介



  

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