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言霊謎解きの部屋☆ 言31「ひとくち言霊」(白鳥) [趣味・カルチャー]

 

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  白鳥といえば、幼いころから、童話の世界で、美しい存在として捉えられて、物語になっていますが、やはりそれだけ目立つ存在であったのでしょうね。芸術の世界でも、白鳥と言えば、すぐにバレーの「白鳥の湖」を思い出してしまうほどよく知られ、親しまれてきています。それだけ古代からそれは、人びとに大変大きな存在感を持っていたのだということもいえます。

皇居の堀にもいますし、清浄な場に相応しい存在ですね。


多分、その美しい姿から考えられたのでしょうが、それは冥界と現世をつなぐ存在だという認識だったようです。誰もが知っていると思うのですが、古代の英雄であるヤマトタケル命が、山へ分け入った時に、魔除けのヒレを身につけていなかったのが原因で妖魔に襲われて命を失ってしまうという話が伝えられていますが、その時亡くなったヤマトタケル命は、白鳥になって飛び去ったといわれています。つまり彼の魂は白鳥となって冥界へ飛び去ったということなのですが、つい最近の新聞報道によりますと、そうした古代の認識を実証するようなことが伝えられています。


奈良時代に編集された常陸国風土記の中にも、鹿島郡白鳥郷のところに白鳥が舞い降りて昼間は少女となって堤を築き、夜は白鳥となって天に帰るという伝説が出ているのだそうですが、千葉県の佐倉市にある高岡新山遺跡から出て来た八世紀の後半の骨壷から、人骨と一緒にハクチョウの翼の骨が入っていたという新聞の報道がありました。


これは冥界と現世をつなぐ存在として、白鳥を捉えている話だと思うのです。通常ハクチョウの骨と人骨が一緒に入っているということは、とても珍しい記録ですが、当時、ハクチョウが冥界と現世をつなぐ存在であると捉えられていた例証のようなものです。そのころの人びとにとってはやはり清浄な姿として捉えられていたのですね。しかし魂が美しい白鳥となって天国へ向かうなどということは、何とも幻想的でロマンチィックな光景ではありませんか。 

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告知と放談の部屋☆ 放89「井戸は最初に掘った人のもの」 [趣味・カルチャー]

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今回は1985年に発売された第七巻「まほろばに熱き(わだち)を」第八巻「愛しき太陽(てだ)に死す」第九巻「さらば夢狩人たち」第十巻「愛、果てしなき飛翔」という宇宙皇子シリーズの地上編という締めくくりに関係する後半の四冊にまつわる話を書きたいと思います。それにしても前年の1984年に始まった「宇宙皇子」は、わずか二年の間に10冊もの作品を書ききってしまうという驚異的な勢いが、出版界に及ぼした影響についてのお話です。


この間に出版界はびっくりするようなさま変わりをしてきていたからです。これまでほとんど現代物の作品が中心であったそれぞれの出版社の刊行物が、雑誌を含めてほとんど古代物中心に変わってきてしまってきたということです。


明らかに「宇宙皇子」の勢いが止まるどころか、ますます勢いづいて行くからです。


 かつてテレビで番組を書いている頃は、「宇宙戦艦ヤマト」が大当たりした影響を受けて、それから後登場する番組には、宇宙を舞台にしたものが中心になってしまったことがありました。視聴者の支持が得られるということになると、どのテレビ局もみなそろって宇宙もののSF作品になってしまったことがありました。どこかの局でそういった流に抵抗して独自色を出した別の作品を放送するようなところはないものかと、随分熱望したことがありました。しかしそれはほとんど駄目でした。依頼のくる話は、くる話もくる話も全て宇宙ものでした。昨今の出版界を見ると、まるであの頃の放送界とそっくりではありませんか。


これは間違いなく私が古代物でベストセラーを連発していることがきっかけで、読者の指示を受けて大騒ぎになっていることが影響したことが原因であることは間違いがありませんが、どこもここも同じ古代物ばかりでは、きっと飽きられてその反動が襲いかかってくるものです。作家まで現代物から突然歴史ものを書き出すありさまで、いささか嫌になってきていました。少しは違った話に挑戦できないものかと考えていた頃のことでした。私を担当する三代目の「野性時代」の編集者となったY氏が、拙宅へきて雑談中に現在の出版界についての不満を話し出した時、彼は思いがけないことを言って気にするなというのです。


彼はお兄さんが著名な占い師であった人でしたが、特別その人との影響を受けるわけでもない自由人で、編集者ではありましたが大変苦労人でした。日本酒の好きな人でしたので、彼が打ち合わせに来る時には様々な出版社から送られてきた日本の銘酒を保存しておいて、それを楽しんで貰うことにしていたのですが、彼は毎回一升すべてを飲み干して帰るようになっていましたので、ついには拙宅に隠匿していた数々の銘酒はすべてこの酒豪によって飲み干されてしまったくらいでした。それは何といっても彼のキャリヤが言わせるのかもしれませんが、時々業界にまだ馴染んでいない私に向って、思いがけないアドバイスをしてくれるようになったのです。


昨今の出版界のさま変わりについて訴えると、彼ははっきりとした口調で言い切るのです。


 「井戸は最初に掘った人のものですよ」


流石に年季を積んでいる編集長としての名言でした。


みんな同じような古代歴史ロマンを手がけて出版はしますが、それで評判になるものはほとんどありません。確かに「宇宙皇子」の独走状態でした。


営業担当の社員から入った情報によると、書く書店は東販、日販という問屋から送られてくる新刊本の箱も、私と赤川次郎さんの本が入っていないと、開封もしないで返してしまうということが起こっているということです。そのお陰で私は、毎月出版できる態勢で原稿を執筆しなくてはならなくなってしまったということになるのですが、それが無理だと感じるようになってしまうようでは、やがて自分で自分の首を絞めてしまうことを世間に知らしめることになってしまうでしょう。


(絶対にそんなみっともない結果だけにはならない)


私はそれからも精一杯頑張るつもりでした。


特に「宇宙皇子」で大ヒットをつづけている最中には、若手編集への嫌がらせ電話を入れては、溜まりつづけているいらいらを解消しようとしていたのでしょうが、Y氏は流石に年季を積んでいた苦労人であったこともあって、さまざまなことで業界に馴れずにいる私を励ましつづけてくれていたのでしょう。珍しい同志でした。彼は何度も強調していたのは誰が流行に乗って慌てて古代物を書いたとしても、決して私の書いている古代物を越える作品は生み出せないということなのです。いささか激しい現状の変化に嫌気を感じている私を、まったく気にすることはないといって励ましてくれたのでした。


それから間もなく彼の報告もあったのでしょうか、連続する作業に対する慰労のためにと、編集部長のO氏が中心となって、かかわる編集たちと共に銀座の高級料理店へ案内して下さった時には、その編集部長からもこんな名言が伝えられました。


「作家はみなそれぞれ看板づくりをして苦闘しているのですが、それを先生はいきなり(金看板)を作ってしまったのです。どうぞ自信を持ってお書き下さい」


という激励でした。


世間のさまざまな商店は、まさにその店先に掲げている看板に対する信頼度が増して、あの店の者なら間違いないといって、通ってくれるお客さんが増えるということと同じようなものだということです。作家もそれぞれ○○○○という名の人が書くものは面白いとか確かだとかいう評価がついて、その売れ行きもある程度は間違いなく消化できるということにもなりますということなのです。確かに私は思いがけない機会を得て、大きなベストセラー作品を送り出すことができてしまった幸運時であったことは間違いありません。


文学界の代表的な賞を頂いた人なのに、なぜか私が書く作品と同じようなタイトルをつけて出版してくる人もいました。


嫌らしいことをする人もいるものだなと思ったりしたものです。


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