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告知と放談の部屋☆ 告11 「更新日変更の件」 [趣味・カルチャー]

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来週の日曜日(20日)の更新は、都合により日曜日でなく土曜日(19日)に更新いたします。


 急な変更で失礼します。


 


 


                             藤川桂介


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告知と放談の部屋☆ 放90「体験ツアーで思ったこと」 [趣味・カルチャー]

  

はじめて体験ツアーが行なわれたのは、どんな時代であったかを考えてみたいと思います。1985年8月ということですから、もう一度36前を思い出してみませんか。恐らく現在50代から60代あたりの年齢にかかっていらっしゃる方々は、まだかなり記憶に新しいかもしれません。かつて時代の背景について書いたことがあったはずなのですが、兎に角時代自体が変わろうとして苦悶している中でしたので、大変落ち着かない激動している時代でした。恐らくブログをご覧のみなさんも、そんな時に青春時代を過ごしていらっしゃった方が多いのではないでしょうか。


当時は中曽根康弘総理大臣の統治が始まって三年目という頃で、世相は世界的な石油ショクという影響で、そのためにまったく落ち着かない、行き先の見えない混乱という状況にあった時代です。何もかもが新しい生き方を探って必死の時代でしたから、思いもかけない人間像を持った者が跳び出してきたりします。特に今回は若い人たちの集まったツアーの話ですから、当時の若者たちの中から現われてきて世間を騒がせた塊についてお話しますが、この頃話題になっていたのは、若者たちの群がり現象というものです。しかし当然ですが、そういった群れには加わらない・・・いや。加われない真面目で地味な性格の持ち主で、真面目に自分の向かうべき方向を探そうと努力する者たちもいたのですが、そういう人たちをあの群がり族たちは、「ネグラ」といって無視していました。自称新しがり屋で如何にも時代の先端をいっているのだと誇示したがる派手な者が多かったし、気に入らなければ学校でも家庭でも暴力をふるうという傍若無人という若者が激増していたのです。新時代の到来でパソコンが使われはじめると、そうしたものを得意になって新しがる若者が出て来たかと思うと、時代の急激な変化に対応できないでいる者も多くなるのですが、そんな若者たちを「ネアカ」とか「ネグラ」といって差別し合うようなことが起ったり、小中学では校内暴力やイジメが問題になったり、家庭内暴力を振るう者が現われたりする新人類が跋扈する話題ばかりの時代でしたので、その日ツアーで出会った若者たちは、一体どういう範疇に入る人たちなのであろうかと注意して見ていましたが、今回体験ツアーに集まった若者たちは、どう考えてもそれらの人たちとはひと味違っているように思えてなりませんでした。


目下話題になるような荒れる若者たちとはまったく縁のない、気持ちのいい仲間たちといったような集団です。どちらかというと時代の風潮には馴染みようもない若者に見えました。恐らく現在ブログをご覧いただいているみなさんには、そんな時代の混乱期に青春時代を過ごしてきたか、青春時代前期にあった方々であったかもしれません。


 私はそんな時代の若い人たちに向けて、「宇宙皇子」という運命的な誕生をして差別される若者が、そういう理由にならないものと戦いながら虐げられているものが安らかに暮らせる時代を求めて活躍する大河ロマンを考えましたが、その背景にはそんな時代を背負った運命の子だったのです。彼はたまたま起こった壬申の乱の最中に、神と農民の女性との間に生まれるのですが、彼が父と思う人は戦に駆り出されて戦ううちに、悲劇的な死を遂げてしまうのです。謎めいた運命の子の頭からは、なぜか頭髪の中から小さな角が現われていた。そのために「鬼」と言われて差別さる青春時代を生きることになるのです。


出版が始まると同時に思いがけない方から電話を頂きました。身障者の子が通う学校の先生からでした。生徒の中から、私と会いたいといっている者がいるというので、集会があったら行かせてやりたいというものでした。勿論私は講演会に招待して上げて、「宇宙皇子」の誕生秘話についての話をいたしましたが、彼は宇宙皇子が「鬼」と言って差別されるのに負けずに、そういった差別と戦う姿に共感するようになったということを知りました。養護学校の少年は、たまたま身障者として生まれてしまった運命の子です。それに対して現代のような理解が行き届かない時代です。さまざまな差別の中で青春時代を過ごさなくてはなりませんでした。何の配慮もない新人類に対して、彼らに代って立ち向かってくれるヒーローとして、宇宙皇子という存在を発見したのでしょう。彼には決して負けるなと励ましたことがありました。


私は「宇宙皇子追体験ツアー」というものを企画して、はじめて実際にその読者となった人たち・・・時代の影響を受けて暮らしている少年少女の実像を知ることになりました。彼らの現在を生きる若者としての姿を、夜のお楽しみの時間になって知りました。彼らを取り巻いている時代背景や、その影響を受けながら送っている青春時代の日常を受け止めることになったのです。大変素直で明るい若者たちは、七夕祭りの飾りつけを行い、ショートコントを演ずる様子を見ていると、出会った時の印象とはまるで違った姿を見るような気がしました。彼らはそれまで派手なパフォーマンスなど、とてもするようなことの出来ない者たちだと思っていたのですが、実際はそういった想像をまったく覆してしまう姿でした。「宇宙皇子」というヒーローを仲立ちにして集まった、同志たちと結集できたという安心感が生まれていたのでしょうか、とても大胆な自己表現をして楽しんでいたように思えました。


あの数日間の若者たちを見たり、接したりするうちに、彼らは今の置かれている状況に反発できずにいる、いわゆる群がれないでいる地味な性格の若者たちの姿を見たように思ったのです。彼らが普段発揮できないであろう派手なパフォーマンスが、この同じ仲間たちの中だけでは、思い切り発揮できたのではないでしょうか。お互いに宇宙皇子という差別と闘う若者と同じ思いに共感しあう、同志として開放的な気持ちを味わっていたに違いありません。「宇宙皇子」シリーズの勢いが出版する度に、ますますその勢いを増して行ったその背景には、彼らの共感を得た時代感覚を描き出したことになっているのではないかと思いました。熱烈な読者たちは、同じ時代の背景を持った同志として窮屈な環境にあった者たちであったのかも知れません。彼らがあのように開放的で何も遠慮をすることもない自己表現をして楽しむ姿を見ているうちに、閉塞状態にある環境から思いきり解放してあげたいという気持になりました。そんなことから私は、若者に自信を持って生きなさいといって激励するための呼びかけを書いてみようと思い始めたのです。


                                  「ぼくの青春論」1.jpg 「文庫・君が輝いて見えるとき」1.jpg


丁度その頃PHP出版からの依頼があったので、1990年10月には「僕の青春論」・・・という本を出版して頂きましたが、それから暫くして、もう一寸沢山の人に読んで貰おうという意図があって、同じ出版社から1993年5月に「君が輝いて見えるとき」とタイトルを変えて出版して下さいました。余談になりますが、この本の最期の「あとがき」に、私のいくつかの謎について面白く書いてくれたのは、最後の弟子としてすでに作家となっていた若き森川潤君でしたが、彼は現在教育者としても活躍していることをつけ足しておきます。


 いつの時代でもそうですが、新しい時代に直ぐに飛びついていける人、それらしく生きていける人がいると思うと、なかなか器用には生きられない人がいるものです。問題なのは、自分とは違った生き方をする人に対する思いを、「差別」という形で表現してしまうことがあることに気をつけなくてはならないでしょう。それぞれ違った生き方をしながら、それぞれの目標に向かって進んでいくのが人生です。何もかもうまくいくこともあり、うまくいかないままになってしまうこともあります。しかしそれはあなた自身が選んだ選択であったのかも知れません。兎に角そのどちらの道を与えられたとしても、それに負けないことです。あの頃の二冊については出来れば読んで頂きたいと思うのですが、かなり時間を経過しているので、もう手に入らないかも知れませんね。


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