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「落ち穂ひろい 14」 運転免許返納のこと [趣味・カルチャー]

 

 連休が来ました。


 お出かけになられる方も多いと思いますが、きっとあちこちで事故のニュースが出るでしょうね。その度に思いだす事があるのです。


 新聞・テレビの報道で、高齢者の自動車事故がかなり頻繁に報道されると、運転免許証を早く返納してしまった私は、大変複雑な気持ちになるのです。


 人それぞれに住んでいるところでの自動車事故についての問題については、一律には言いにくい問題があるのですが、想い出すのは、運転免許証の返納を決断した時のことを、改めて想い出します。


 現役であった頃は、自動車は不可欠でしたから、盛んに使いましたし、気休めにも充分に使うという自動車好きであったのですが、運転免許証の返納のために出向いた世田谷警察署では、担当の女性警官から、「よく決心なさいましたね」と言われるほど、まだ返納はもったいないと言われる状態でしたし、私自身もうちょっとは運転を楽しみたいとも思っていたのですが、仕事にけじめをつけたこともあって決心したのです。八十歳前後の事でしたが、その時はきっぱりと決断したつもりだったのですが、その後日常生活の中で、如何に自動車が使われてきたかということを知る機会が、様々な機会に起こりました。来客があった時、前は近くの駅まで送りますよと言ってハンドルを握った利、日常生活の中でも一寸買い物に行こうか、一寸遊びにいこうかと、「ちょっと」という時に利用してきていたのですが、免許証の返納をしてから暫くすると、つい自動車があったら、「ちょっと」済ませることが出来たのにと、ぼやいてしまうようになったのですが、それから暫くした頃から、テレビ、新聞などで高齢者による交通事故のニュースが、さかんに報道されるようになりました。


 その度に、やっぱり早めに決心して返納したことは、正解であったと思えるようになリましたし、事故を起こした高齢者の姿を見るにつけて、どうして決心できなかったのだろうかと思ったりしているのです。事故後の家族の話が報道されることになると、なおさら決断のしどころを失った結果であったなと思うことしばしばです。


卒寿の年を過ぎて、やっと車社会から縁が切れた思いを書くことにいたしました。


 今はバスと電車で移動をしていますが、ゆっくり生活を満喫出来るようになりましたので、ある程度高齢に達した方は、是非思い切って運転免許証の返納を決断出来る人になってほしいと、説にお祈りする次第です。


 


                                       藤川桂介


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「落穂ひろい 11」 卒寿のご挨拶 [趣味・カルチャー]

 

    卒寿のご挨拶をいたします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


本来は一六日の当日に公開する予定でしたが、PCの不調で遅れてしまいました。今回はその時の原稿のままで公開いたします。


失礼のお詫びです。


どうぞよろしく乙行き会い下さい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 せめて最後の作品ぐらい、締め切りなどというせせこましい作業ではなく、まとめておきたいと思って、好きな題材を用意して取り組んでいるところです。


 じっくりと、納得できるまで考えて、執筆を続けように心がけているのですが、次第に記憶力が衰えて来てしまって、昔だったら間違いなく古代の組織の規則、官職など、簡単に思い出せるのに、次第に高齢になると、簡単な決まりに関してでも、なかなか思い出せなくなっています。


 そんな中でどうして原稿を書き続けようとするのかと言えば、一つは脳の活性化のためです。真剣に忘れたことを思い出そうとしたり、アイデアを煮詰めたりする作業は、それなりに健康維持に役立っているようです。


 お陰様で歩行することに多少頼りなさを感じたりして、昔の颯爽と歩いていた頃のことを思い出しては苦笑してしまいます。


 それでも映像時代、作家の時代と、応援してくれる若者・・・すでに五十代後半であったり、六十代になっていますが、これまでと変らずに声援してくれています。そんな励ましに勢いを得て、今日も創作に取り組んでいるところです。


 6月16日に卒寿を迎えましたが、まったく先が見えません。つまりどこが終わりなのかはまったく見えませんから、兎に角見えない目標を見つめながら、真っ直ぐに生きていこうと思っています。


 今年はこの日が「父の日」と言うこともあって、改めて娘たちから贈り物を頂いてしまいましたので、終わりが見えない人生に挑みます。


あなたの天命はここまでですという生存に限りが見えれば、それまで頑張ろうと言うことになるのですが、今のところそういった限界が見えないのが、なんとも困ったことです。


そろそろ終活の問題も真剣に考えなくてはなりません。


 こうなったら倒れた時が天命の尽きる時なのだと思って、それまでは、兎に角頑張っていようと思っているのですが、老齢化するにしたがって、やることが兎に角多くなるようです。


今後ともよろしくお願いいたします。


        藤川桂介


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「ひろいひろい 13」防災訓練について [趣味・カルチャー]

 この数年来すっかりなれたといってもやはり親しい方との別れは、やはりさびしいものですね。取り留めのない話題にしても、遠慮なく話し出せる友人と話をする機会がなくなってしまうと言うことが、次第に寂しいものだと感じられるようになりました。

そこでという訳ではありませんが、近隣の隣組で開かれる地震に対する講習という呼びかけに応じて、家内と共に参加してみました。きっとかなりの人が集まると思っていたのですが、集合する場に設定されていた中学校の講堂へ行ってみると、いきなりびっくりしたのは、近隣の住民がかなり集まっているのではないかと予想していたのが、まったく見当違いで、かなり少人数での講習会になってしまいました。


どうも近隣の人たちは、ほとんど地震などが起った時でも、近くの収容所へ逃げ込むというよりも、ほとんどの人は、震災に遭っても自宅で過ごしたいという人が多いと言うことが判明しました。避難所には行きたくないという人が多いと言うことなのです。そういう人は、最低限水だけは常にそれぞれの家庭で蓄えておいて頂きたいということでした。兎に角震災に対する人々の意識が、都会と地方では大きな違いがあるという言ことを知らされただけでも、大いに役立ったのですが、もう一つこれから考えておくべき子t歩ことで考えておかなくてはならないことの一つに、収容されるところが区立の少・中学校なのか都立・私立の小・中学学校なのかということでは、担当が区になるのか都になるのかということで、まったく扱いが違ってくると言うことを知ったことは大きな収穫でありました。


テレビでは他経ず防災のアピールが行われているのですが、旧住宅地か新住宅地かということで、地震など災害の受け止め方に、大きな差があるということを知っておくべきだという大きな収穫があったという報告でした。


水の備蓄・防災ベット・排泄の備え・発電装置・炊き出しの方法・救急用具の使い方の講習などの知識を得ることなどは、大変役に立ちましたが、あまりにも参加者が少く、防災と言うことで考えておかなくてならない問題が、かなりあるなということを知っただけでも参考になりました。


 


     藤川桂介


 


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「落ち穂ひろい 12」 ぱなしのこと [趣味・カルチャー]

 

この頃しきりに思うことがあります。


原稿を書くと言うこともあるのですが、書斎はなるべく綺麗にしておきたいと言うことがあって、時々は掃除機を遣って簡単な掃除をいたします。


通常作家というと、原稿の書き潰しを丸めて無造作に放り出しておくとか、資料に使っている図書を積み上げたり、広げっぱなしでいたりします。中にはタバコもそんな中で吸うという状態を想像し手島いますが、どうも私は几帳面な一面があって、どうもあまり散らかしっぱなしの部屋で作業をすることができないので、時々は自分で自分の城は綺麗にしているのですが、そんな最中に気がついたのですが、私はどうも「ぱなし」ということが出来ないたちだなと言うことに気がつきました。


「やりっぱなし」「約束しっぱなし」「汚しっぱなし」「食べっぱなし」「忘れっぱなし」「ご無沙汰しっぱなし」「世話をかけっぱなし」


数え上げるときりがない「ぱなし」があると思います。やはりこの「ぱなし」で困ることは、その始末をしないことが多いと言うことなのです。


あなたはどうでしょうか。


少なくてもこの程度のことはしておかなくてはいけないと思いながら、ついつい「ぱなし」のままでいることはありませんか。


 


藤川桂介


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「落穂ひろい 10」 [趣味・カルチャー]

 だんだん季節が変化して温度も高くなっていきますと、お世話になるのが扇子です。


私は若い頃、京都の古寺の大僧正から、扇子に「花開蝶自来」・・・つまり花が開けば、蝶は自ずと集まってくるものですという意味ですが、物書きの私に、焦ることなくゆうゆうと執筆して行きなさいと言う、戒めの言葉と思って大事にしているのです。



 単なる暑さしのぎの材料でしかないかもしれませんが、ちょっとした工夫で、大変興味深いものにもなりますということで書くことにしました。



男性も女性も持ち歩いて、暑さしのぎに使いますが、もともとこれは中国から紙張りのうちわが入ってくるようになると、日本ではこれを真似て、ビロー樹というシュロの一種の葉で団扇を作りました。それがヒントになって、やがて木の板を薄く集めて糸で閉じ合わせて開いたり、閉じたりできる檜扇という板扇が考え出されました。それがやがて糸で止めてあったものを紙で張って止めるようになり、平安時代になると紙が主流になって、板が薄くなって骨になったのでした。これが現代でも使われている紙扇ですが、当時の扇は五本骨で、たたむと二センチぐらいの幅の扇になるので、これが珍しいと評判になって、平安末期ともなると京都で作られて輸出されるようになると、国内でも広がっていきました。



この貿易が足利時代までつづき、やがて中国でも供給過多となって売れ行きが悪くなってしまいました。そこで日本の扇商人は脅かして買わせるようになり、やがて手ぶらで行って略奪して帰ってくるようになったといいます。



ところで扇は開くことができるところから、心を開くという縁起がいいものになり、開くと手の形になるところから、手で神を招くようにできるということで神社の祭礼に使われるようになったといいます。紀州熊野の那智神社の火祭りは、扇を焼きあうお祭りといわれていますが、神の前で行う芸能を猿楽といいますが、これが阿国歌舞伎になり必ず扇を使うといいます。そこには扇で神を招きよせようという宗教疑行為が秘められているということです。



これが踊りの一派である花柳流の踊りとして誕生したといいます。花柳流は扇の舞といわれているのはそのためです。昔は、中国人は日本から買った扇をヨーロッパに輸出していたといいますから、一種の伝達貿易というものですが、調べて見ると、かなり興味深いもののようですね。



 



                                  藤川桂介


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「落穂ひろい 9」 [趣味・カルチャー]

この頃天気予報の開設を見ているとテレビなどでは通常使われている太陽暦のほかに、盛んに太陰暦・・・つまり旧暦による紹介が紹介されることがよくあります。

当たり前の天気予報だけでなく、同時にあまり使い慣れていない旧暦の照会をしてくれると、大変天気予報が興味深く聞いていられます。

果たしてあなたはどう思っていらっしゃるでしょうか。

私などはなぜかその旧暦による天気予報の方に、親しみを覚えてしまうのですが、この太陰暦というのは、毎月規則正しく満ち欠けする月の観測から生まれたものです。

古来日本人は農耕中心で生活をしてきましたので、満月から数えて何日目にどういう作業をするかということを考えてきましたから、自然にそうなるのですが、しかし現在の暮らしぶりといえば、和食よりも洋食が中心になって来ていますから、昔のように月の満ち欠けにそれほど興味を持たないかもしれません。しかし私のように月の満ち欠けに興味のある者にとっては、どちらかというとどうしてもその太陰暦で紹介される方に親しみを感じてしまうのです。

大自然の現象は天体の運行と密接に関係があるわけですから、天体の観測が自然のリズムを読み取るための大事な要素になるように思うのです。そんなことを考えながら、太陽暦の紹介の間に、ちょっと挟んで太陰暦の紹介があると、特に親しみを感じてしまう今日この頃です。

自然の歩みと共に暮らして行くことが出来なくなっている現代の生き方には、なぜか滅びの道筋を早足で進んでいるようで残念でなりません。超科学によって、それらを解決していけるようになるといいのですが、もうそんな時代とは巡り会えないのでしょうね。

ちょっと残念です。

         藤川桂介


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「落穂ひろい 8」 [趣味・カルチャー]

 昨今は出かけるときも、あまりはっきりと発表して家を空けることができません。その留守を狙ういやなやつがいるからです。

先日は久しぶりに一週間郊外の作業場で生活を楽しんで来たのですが、帰宅して異常がなかったのでほっとしたところです。

 今日はその時に書いたブログを紹介いたします。

毎日食事をする度に思うのですが、我々が箸というものを使うようになったのはいつごろからなのだろかということです。

ヨーロッパ人でも15世紀までは野蛮な状態で食事をしていたようで、手づかみで食事をしていたようです。

スプーンやフオークが使われ出したのは15世紀ごろだったといいます。

それでは日本の場合はどうかというと、「古事記」という歴史書によれば、崇神天皇のところでヤマトトトヒモモソヒメが大物主神の妻になった時、大物主神の本体が蛇である知り、驚いて橋で陰をついて死んだといいます。橋がいかに古くから日本人の生活に登場していたかが判りますね。

 しかし箸については中国・韓国もあるのですが、日本の場合には、やってはいけないはし使いというものがかなりあります。

 箸を握る、いわゆる握り箸はタブーです。使いにくいだけではなく、握ったままで箸の頭を親指で押さえれば、攻撃の武器になりますし、礼儀作法でいえば相手に対して恭順の意思表示ですから、攻撃しないことが大事です。

そのほかには、渡り箸、突き箸、透かし箸、迷い箸、及び箸、探り箸、回し箸、ねぶり箸、かため箸、こめ箸、箸やすめなど、さまざまなタブーがあります。

時間がある時に、試してみるのも一興ではありませんか。

                                    藤川桂介


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「落穂ひろい」7 悩み多い取材 [趣味・カルチャー]

最近テレビのコマーシャルの宣伝や料理の紹介がされる時に、かなり冷凍食品が紹介され、使われることが多くなってきています。私も暫くは躊躇っていたことがあったのですが、物は試しだと思って使用してみたところ、美味しくないという潜入感は完全に一掃されてしまって、その後いろいろな冷凍食品を購入して使わせて頂いているのですが、この冷凍食品というものは、19世紀に欧米で発達した冷凍技術のお陰だったようですね。

 冷凍といえば関西の取材地への探索が、すっかり冷凍状態になっています。異国の人が次々やって来てくれることは大変いいことだとは思うのですが、観光地のあの混雑の様子を見るにつけて、一寸そんなところへは行かなくてもと思ってしまいます。しかし取材したい所がその近くにあるということを考えると、どうしても気持ちがすくんでしまうのです。

その内と思いながら、取材は凍結です。

                           藤川桂介


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「落穂ひろい」6  怖いこと [趣味・カルチャー]

 

最近は最後の一作に取り掛かるために、ほとんど遠出をせずに書斎で頑張っているのですが、その間に飛んでもないことに出くわしてしまいました。


クレジットカードを無断で使われてしまうということが二度も起こりました。しかしいずれもドコモと三井銀行が疑問を感じて支払を停止してくれ、私に被害は及んできませんでしたが、テレビ・新聞では様々な所でインターネットの住所録などが流出してしまうという事件が報じられていますが、私のもそんな中の一つとして引っかかったのでしょうか。


 恐ろしい時代になりましたが、若い人に聞くと、そのような事件は絶えず起こりますということをあまり平然と答えるので愕然としてしまいました。今は、そんなことを気にしていては生活できないということのようです。


どうも怖い時代になってしまったようですね。しかし高齢者である私などは、とてもIT時代に生きる若者のような達観した気持ちにはなれません。


セキュリテイ関係の会社には、精々頑張って貰って、危険分子は極力早く排除できる状態にして貰いたいものです。


 どうも今回はとんでもない落穂ひろいということになりました。


                                                    藤川桂介


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「落穂ひろい」 1です [趣味・カルチャー]

もう間もなく年越しをして、新たな年を迎えることになりますが、最近の話題といえばおせち料理のことでしょうか。

このところすっかり物価高で参りますが、そんなこともあって、江戸時代の魚などはどうだったのだろうかなどと考えました。新聞の切り抜きの中で、ドイツ人医師のシーボルトがまとめた食品リストがあるそうなのですが、魚の7割が米一升(1・5キロ)より高かったと書いてあります。特にタイ・カツオが大変だったようで、三両(一万2000文)から~一分(1000文)だったそうで、現代でいうと18万円もしたそうですが、それを粋がって食べたというのですが、現代の江戸っ子はいくら格好をつけたとしても、とてもそのような出費をするわけにもいきません。兎に角少しでも安く手に入るものを、上手に調理して食べるのではないでしょうか。時代の差ともいえるのですが、文化・文明の差によって、魚を捕まえるということでの苦労の差で、かなり高価なものでも口にすることができる現代です。江戸の庶民との差を大いに感じたものです。

 どうか来年は少しでも生きやすい時代になって貰いたいものですね。

 私は来年卒寿を迎えますので、最後の一作を書きたいと思い、密かに下準備を始めました。完成できるかどうかはまったく判りませんが、締め切りに追われることもなく、楽しみながら挑戦しようと思っているところですが、この作品だけはあくまでもひそかにいどみたいので、ブログで発表もする予定もありません。

 しかしブログからさよならするのは寂し過ぎるので、気楽な談話を書きつづけたいなと思っているところです。

 令和六年もよろしくお願いいたします。

 春頃にはいいお知らせができるといいなと思っています。

暫くは気まぐれな「落穂ひろい」を時々発表いたします。

 よい新年をお迎え下さい。

藤川桂介


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「落穂ひろい」 5です [趣味・カルチャー]

暫くご無沙汰してしまいました。実は先年から考えていたのですが、高齢ということも考えて、そろそろ最後に何か一作を作っておこうと決心して、下準備を始めたのですが、締め切りに追われる事無く、自分で納得できるまで作業を詰めていこうと考えましたので、じっくりじっくりと進めております。そんなわけでブログに乗せてつづけていこうと考えていた落穂ひろいがお休みという状態になっております。期待して下さった方々にはお詫びするしかありませんが、現在のような状態がしばらく続くとおもいますので、とにかく最後の一作の執筆に夢中になっていつと思ってお許しください。また機会を見てごあいさつするつもりです。どうぞよろしくお願いいたします。果たして自分が思う通りの一作が仕上がるかどうかはまったくわかりません。とにかく頑張っています。またお知らせができるようにしたいと思っております。ときどきブログを覗いてみて下さい。


                           藤川桂介



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「落穂ひろい」 4です [趣味・カルチャー]

最近は山間の村にもコンビ二が車に品物を摘んで売りに行くということが報道されるようになっていますし、都会では宅配というシステムがあって、スーパー、コンビニが、食品などを宅配してくれるというビジネスが広がっています。

 高齢者が次第に増えてきたために、必然的に生まれた新しいシステムでしょう。

 高齢社会ともなると、買いたいものを買うのはいいとして、それを持って帰ることが難しくなってしまいます。嵩がかさんだ時など、男性は何とか頑張れますが、女性は高齢になると力仕事が困難になってしまいますから、ついついもちょっと買っておこうと思っても買い控えてしまうということになってしまいます。そんな不便を解消しようということで、わざわざ家まで届けてくれるというのですから、大変時代にあった工夫だと思いますが、しかしスーパー、コンビニの経営者にとっては、わざわざ配達する人を雇わなくてはなりません。そんなことを考えると、少子化時代という現実が恨めしく感じられますね。

 特に山間では、必要な物、欲しいものなどを、直ぐに欲しくても、車に乗ることもできないし、近くにはお店がないなどというところでは、冒頭で紹介したような形で、営業に来てくれる店がありますし、最近はドローンを使って空中から届けるということも試み始めていますが、興味深い江戸時代ではどうだったのだろうかと調べてきたら、棒ふりといって、天秤棒の左右両端から、生鮮食品などを吊り下げて、町の路地から路地へと売りに来てくれたようで、高齢者や力不足の女性なども、容易に必要なものを手に入れることができました。

 現代ではそうした高齢者の要求に、どう応えてくれようとしているのでしょうか。大いに興味があります。

 

     藤川桂介


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「落穂ひろい」 2です [趣味・カルチャー]

 

おめでとうございます。

 最近は電子メールの時代ということもあって、ブログで新年の賀状を紹介してきたのですが、今年は漢ゲルところがあって、メールでのご挨拶は止めることにいたしました。

 つまり数百人のみなさんが、今でもハガキによる賀状を送って下さっていますし、私もそれにお応えしてきました。

 時代の流行ということもあって、IDによってご挨拶をするという方もあるのですが、この際時代に逆行してはがきによる年賀状を出して下さるみなさんに感謝して、私も賀状ははがきでお出ししようと思うようになったのです。

 申し訳ありませんが、今年からは新年のご挨拶はさせて頂きますが、はがきでの賀状を紹介することは取りやめることにいたしました。

 ご挨拶の形は変わりますが、ブログでは新年のご挨拶をお届けするだけにいたします。

 今年もよろしくお願いいたします。

 毎年の催しとしてデパート・町の書店街などで賑やかに開催される「福袋」は、今年も変わらない人気があるのでしょうか。

 特にデパートなどでは、それぞれ福袋などを用意して大売り出しをするのでしょうね。

 こんなことは調べて見ると、19世紀のフランスにも、新年の初売りに百貨店が賑わったという記事がありました。

 これは英国で起った産業革命のお陰で、衣類などが大量生産できるようになったことによる影響だと思われます。安く仕入れて安く売るという条件にぴったりであったことから、1852年には、百貨店「ボンマルシェ」では、「お買い得の店」として、低価格で大量の商品を大量に陳列したといわれています。日本ではどうでしょう。1904年に三越呉服みせが、欧米の呉服店を目指すと宣言して、全国紙で宣伝しました。

 商品の品定めが行われ、お客が自由にできる工夫もしたようです。やはり日本は、「顧客本位」という姿勢がかなり昔から根付いたようで、現代の福袋の工夫は大変なものですね。

 経済が低迷していると言われている現代ですが、年末の宝くじや、お正月の福袋に関しては、多少贅沢してみようという気持になるのでしょう。賑やかな買い物風景は変わらずに報道されるのでしょうか。

 

藤川桂介


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「落穂ひろい」 3です [趣味・カルチャー]

 いよいよ今年もさよならという時が迫って来ています。

 今年は所得税の軽減と子育て家族への援助ということが、矢鱈に印象に残っているなと思いました。

岸田総理は兎に角子育て家庭に対しての援護をすると熱唱しているのですが、確かに将来の日本を支える子供が減りつつあるということは大変心配なことです。しかし簡単に子供を増やしましょうと叫んでも、そのためにかかる費用は馬鹿になりません。教育問題を中心に、子供が一人前になるまでにかかる諸経費は大変なことになります。

 そこで新聞の切り抜きの中から、戦国時代の武将の中で、何と七十人もの子供を作った池田綱政の話が載っていたのを発見しました。

 古代の歴史を背景にした小説を書いてきた私は、桓武天皇が五十人もの子作りをしたということを発見してびっくりしたことがありましたが、その後嵯峨天皇は七十人という数の子作りをしていたということを知りました。恐らくこれが歴史的な記録になるだろうと思っていたところに、戦国武将の池田綱政が現れてしまったわけです。

 織田信長、徳川家康は十七人だが徳川家斉は五十五人もの子供を得ている。しかし岡山藩の第二代である池田綱政は七十人です。実に記録的な子供です。流石に彼は女中までにも馬鹿にされていたようですが、奥様たちはその乱行を黙ってはいなかったようですね。

 時代を越えて眺めると、実にのどかな話になりますが、現代ではとても養育できない子供の数で、国で面倒を見るのかどうか大問題になりそうですね。

 さあ、もうすぐお正月です。

 是非、いい年をお迎え下さい。

 また来年お会いしましょう。

 

藤川桂介


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「雑談のご挨拶」 [趣味・カルチャー]

過ぎて見ると、あっという間に連載した「嵯峨天皇現代を斬る」は完結となってしまいました。これからブログをどうすることになるのか、しばらくお休みを頂いて考えようと思いましたが、しかしすべての作業を止めてしまうということについては、これまでの経験上あまりいい結果にはならないということを知っていますので、次の方向がきまるまでブログを維持する方法がないかと考えました。


次の正式な連載が決まるまでの間、日常的にこんな話をしたいなと思うようなことが出てきたら、遠慮なくお話してみようと考えて、日曜日にはブログへ投稿しようと思うようになったのです。


その結果、時に書き落としてきた話があれば当然ですが、そうでない日常的な諸問題で話したいと思うような素材が見つかりましたら、落穂ひろいをするような作業をしてみようと考えるようになったのです。


毎週という訳にはいかないかも知れませんが、たまにはこんな素材はどうだろうかなと、雑談の種になりそうな話題を見つけてご紹介しようと考えるようになりました。それなら一層のこと、これまでどおり日曜日を選んで投稿していこうと決めました。


あくまでも「話題の落穂ひろい」のつもりですから、毎週という訳にはならないかもしれませんが、気まぐれに日曜日には投稿をするかもしれません。みなさんも日曜日になったら、何か雑談の素材を投稿しているかもしれないなと想像しながら覗いて頂けると有難いです。


 という訳で今回は「落穂ひろい」などという気まぐれな連載を始めますのでよろしくというご挨拶をすることにいたしました。


 どうぞよろしくお願いいたします。


                                                   藤川桂介                                               


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☆閑談とちょっと気になる新言霊の部屋☆ お知らせ13 [趣味・カルチャー]

                                                       「原稿執筆中」1.jpg

     「更新日変更のおしらせです」

  来週の四日の日曜日はブログの最終回の公開日になりますが、それを都合により、急遽明日、十一月月一日に変更させて頂くことになりました。

突然の変更通知で申し訳ありません。

  いよいよ「嵯峨天皇現代を斬る」も終わります。

  改めてご挨拶いたします。

                           藤川桂介

令和五年中秋


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☆閑談とちょっと気になる新言霊の部屋☆閑36 [趣味・カルチャー]

                  「またたく星」 


 冬になると空気が澄んでくることもあって、夜空を見上げると、星が鮮やかに見えるようになります。


都会暮らしていると、あたりは超高層ビルの林が多くて、


満天の星空を見上げることもなくなりましたが、たまたま都会から離れて田園地帯へ行って、そこで遮るもののない広々とした荒野の中で見上げる夜空の世界は、実に神秘的でロマンに満ちています。


 満天の星は未知の世界へ招くように、ちかちかとまたたいていています。


 まさにロマンの世界です。


 これは星の光が密度の異なる厚い空気の層をくぐり抜ける時に起こる一種の屈折現象で、空気がなければ、または起こらないのだそうです。仮に空気があっても非常に希薄な大気圏を飛ぶ人工衛星からは、星のまたたきも見られなくて、死の世界を見るような気持ちになるかもしれません。かつて人は夜空から神を感じたり、美しい物語を想像して眺めていたのでしょう。


 秋から冬へと変わっていく季節では、思わず未知の政界へ誘い込まれるような夜空があります。


 時には現実を忘れて田園に出向いて、夜空が繰り広げている広大な神秘とロマンの世界に、しばし見とれていたいものですね。



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☆閑談とちょっと気になる新言霊の部屋☆お知らせ14 [趣味・カルチャー]

  


 


                                     「原稿執筆中」1.jpg


    「ブログ完結に当たって」


   


   長いことお付き合い頂きましたが、十月をもって「嵯峨天皇現代を斬る」を完結することもなりましたので、これから先につきましては、しばらく考えたいと思うことが多々ありますので、しばらくブログはお休みにさせて頂き、これからについてゆっくりと考えたいと思いました。


  これまでのご支援に感謝したいと思いますが、年齢的な問題もありますので、来年春までは、ゆっくりと休養しながら今後について考えたいと思っています。しかし時には思いつくままに投稿することがあるかも知れませんので、これまでどおり日曜日には雑談めいたことにお付き合いして頂くことになるかも知れません。


それではこれで、暫くお休みさせて頂くことにさせて頂きます。


どうぞ充実した年末をお過ごしください。


来年は少しでもいい年になりますようにと、祈りを秘めてお過ごし下さい。


                           藤川桂介


 


令和五年秋


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☆閑談とちょっと気になる新言霊の部屋☆言35 [趣味・カルチャー]

       「大寒小寒のわらべうた」


昔の「わらべうた」の中にこんなものがありました。 


 


大寒 小寒


山から小僧が泣いて来た


何といって泣いて来た


寒いといって泣いて来た 


 


岩波文庫によると、こんなわらべ歌が歌われてきたのは、山形、福島、茨城、群馬、千葉、東京、静岡、愛知、岐阜、岡山、愛媛だといわれていたといいます。


そんな「わらべうた」の中でも三重、香川では、 


山にずっきん(頭巾)おいて来 


というのもあるそうです。


これを見ると、これらの「わらべうた」が多くの場合太平洋がわの地方で歌われていたそうで、その理由を調べた結果ある理由が判りました。冬の寒い風はシベリヤやモンゴルの方から、日本海を越えて日本に吹き込んで来るので、そのために日本海側の地方では寒さが海からやってくることになるようなのですが、寒い風は日本列島を縦断する山脈を吹きこえて太平洋側の地方に吹きおろすのですので、そのためにこの地方では寒さが山からやって来るので、この風は乾いているために肌に突き刺さるといいます。


山を越える時に雪を降らせて乾いてしまうからだそうで、その雪が「わらべうた」では「頭巾」と表現されたのだろうということです。


 それぞれの地方で、おかれた環境の特徴を反映した季節の現象を、わらべ歌に反映して歌っていたわけで、科学全盛の時代では生まれない「わらべうた」かも知れませんね。



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嵯峨天皇現代を斬る その十一の七 [趣味・カルチャー]

   第十一章 「落書きの思いを知るために」(七 


    課題「結びの言葉」


長いことお付き合い下さって有難うございました。


未整理のまま読みずらいことも多々あったと思いますが、兎に角四苦八苦しながら最後まで辿り着きました。


古代と現代を、政治・経済・文化を通して何らかの接点があるのではないかという思いがあって、平安時代の中で一番安定した時代であったという評価を得ていた、嵯峨天皇の治世であった年月を選んで、どんな生活をしていたのか、為政者はその時の事象にどう対処してきたのかということを取り上げて、現代との接点の中で評価してみました。兎に角古代と現代を比較するということは、すべてが同じ条件で比較しないと無理だと思っていたのですが、あまり窮屈に考えないで、思い通りにやってみようとして書いてきました。


 お互いに厳しい制約の中で仕事をしてきた人々が、そろそろそうした制約された時間から解放された状態になられてきています。そうした自由な時間を獲得されたみなさんと、気楽に雑談をしてみませんかという思いから始めた企画でした。聞くところによりますと、まったく自由に使える時間を獲得したものの、その自由時間の使い方に苦慮していらっしゃる方もかなりあると聴いていますので、是非この企画に参加して頂けたらと思って書いてきました。素材としては大変地味なもの嵯峨天皇現代を斬る その十一の七でしたが、お陰様でブログの中での人気は、かなり予想外の人気を維持してこられました。本当に長いお付き合いをして頂き有難うございました。


 今回はまったく創作的なところは極力さけて、その時の現実を取り上げることに専念いたしましたが、次回は創作を原点にしたお話で楽しんで頂こうと考えております。


しかし私も来年は卒寿という高齢に達しますので、ブログの終わり方についても、いろいろと思案しているところです。これからのことはじっくりと考えてみたいと思います。


 取り敢えず長いこと「嵯峨天皇現代を斬る」にお付き合い頂いたことに感謝いたします。


 有難うございました。


 どうぞいい年をお迎えになられますようにお祈りいたします。


                         藤川桂介


令和五年秋



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