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閑話 嵯峨天皇現代を斬る その六の二 [趣味・カルチャー]

      第六章「運気の悪戯だと思うために」(二)

        為政者の課題・「凶兆も受け止め方次第」

 天長三年(八三五)ですから、もうすでに嵯峨天皇は政庁を退いて、淳和天皇に治世を託して太上天皇としての悠々とした日々を楽しまれていました。これまでの為政のあり方は高く評価されていて、今でもその存在は畏敬の対象として存在しています。

 先年ですが、その嵯峨太上天皇の四十歳を祝賀する祝宴があって、それに出席した右大臣の藤原緒嗣(ふじわらおつぐ)が、その時の様子について淳和天皇に報告いたしております。

 天皇が酒を取り群臣に進め、日暮れに至り、宴はたけなわとなりました。琴歌(きんか)を共に奏して、(かん)を極めて終わり、身分に応じて禄を下賜しました。

 太陽が西に傾くと、燭を(とも)して続行します。

雅楽寮(うたりょう)が音楽を奏し、中納言正三位良岑(よしみね)朝臣安世(やすよ)冷然院(れいぜんいん)正殿南階(みなみのきざはし)から降りて舞い、群臣もまた連れ立って舞います。

日暮れになると雪が降り出し、その中を妓女が舞器(ぶき)をもって舞いましたが、夜になって終わり、身分違応じて録を下賜されました。

詔があって解由を得ていない四、五位の者たちにも録を賜った。また参議以上の者には冷然院の御被(みふすま)を賜った。

 やがて皇太子正良親王(まさらしんのう)進み出ると、次のように申し上げました。

 私は、「礼の極致にあっては格別責めることなく天地が互いに合致し、大音楽にあっては個別楽器の音や声は弁舌できないものの法則に適っている」と聞いております。

堯は星の運航を見て農耕の暦を定め、舜は暴雨・雷雨に迷わず天子の位に即きました。孔氏は「天命を受けた王者が後一世代(三十年)を経て仁の世になる」と述べています。

この講師の言葉は真実を穿っています。漢の高祖より恵帝(けいてい)小帝(しょうてい)孝文帝(こうぶんてい)まで四代、四十年となります。桓武聖帝から淳和帝、暦を調べますと四十年、天皇は四天皇である。嵯峨太上天皇と淳和天皇は四十歳で、総計すると百二十歳となり、真に立派な政治によるめでたい(しるし)です。伏して考えますに、陛下の四十の算駕の後は、これまでの善き運が集中し、至徳(しとく)はますます盛んになり、陛下の行いは虞舜(ぐしゅん)に一致し、仁は漢の文帝よりも(あつ)く、いよいよ礼楽につとめ、寿命は長くなりましょう。わたしは皇太子として、陛下を仰ぎ見、天下がを同じくし、人々が慶んでいるのが判ります。私も大変伊合わせであり、心からの喜びです。わずかな贈り物で、陛下を汚すことになりますが、謹んで衣・琴等を献上いたします。これはものというより私の誠意をしめすものです。伏してねがいますには、陛下がこの衣服を着して無為にして治績を上げ、大琴をとり、舜と同様によく治まった世を(うた)った南風の詩を謳歌しますことを。四十の算賀には前例がないわけでなく、臣下のまことして、黙っていることは出来ません。およそ聖人の寿命は天から受けるもので、臣下がそれを祝福しても利益はありませんが、心中の思いを言葉に表わさずにはいられません。願わくは、陛下が日月星辰と共に皇位の坐を、遠く長寿を仰ぎ、変わらぬものの(たと)えである南山(なんざん)と同様でありますことを。

 私は幼いころから抜きんでて陛下の恵みを受けかたじけなくも皇太子となっていますが、これまで君・親・年長者に仕える三善を欠いております。しかし陛下の思い()

は重ね重ねに及び、他の者より深く厚い栄誉と恵みを与えられ、極まりない南山の竹を用いても、恩を書き尽すこができません。東海の大亀であっても、恩徳を担わせることができましょうか。そこで、群臣と共に伏して、心中の思いを表わしました。恐れかつ祝う気持ちのままに、謹んで表を奉呈いたします」(日本後紀)

 まさに嵯峨太上天皇も、淳和天皇に譲位なさって悠々自適の暮しを始められているころのことです。

これまでもそうなのですが、人智では解決しない現象が起こった時などは、その正体、その意味を陰陽寮(おんようりょう)博士の判定に委ねていましたが、七月に入ったある日のこと、豊楽殿で相撲を観覧した時、慶雲が西の空に出現したのです。

五色の色彩が混ざり合って、夾纈染(きょうけちぞめ)(古代の染色の一つ)の絹の模様のような瑞雲だったのですが、つい先日のことですが、五月に淳和天皇の第一皇子であった恒世親王が亡くなったという訃報がもたらされて、大変悲しんでいらっしゃったところでした。

三年前の即位にあたって、皇太子として指名されながらなぜか親王はそれを辞退され、再三の説得にも応えないまま行方知れずになっていたところだったのです。

二十二歳という早い親王の死だったので、当時から病を得ていたのかも知れないということになり、やっと皇太子辞退の真相が納得できたところでもあったのです。

 天皇はその知らせが入ると、暫く喪心してしまわれて政務に就くこともできずに、気分の優れない日々を過ごしていらっしゃったのです。

そんなところへ慶雲という知らせが届きました。

失意の底に沈んでいらっしゃった天皇を、多少でもお慰めできるのではないかと、公卿たちはもちろんのこと、京の者はみなほっとして祝賀の気分に浸りみな安堵しました。ところがその頃嵯峨太上天皇には、吉兆とは真逆の知らせがあったのです。

為政者・嵯峨太上天皇

天長三年(八三五)七月十六日のこと

発生した問題とは

これまで為政の片腕として、太上天皇にとっては欠かせない有能な政庁の左大臣藤原冬嗣が、療養の甲斐もなく五十二歳という年齢で鬼籍へ入ってしまったというのです。政庁からは使いの者を深草の別荘に送って、丁重に哀悼の言葉を贈り弔いました。

為政者はどう対処したのか

 まだ嵯峨太上大臣が皇太子神野親王(かみのしんのう)といっていた頃のことです。政庁の実力者であった伊予親王に、平城天皇の呪詛という疑いがかかって大きな事件になって政庁の中は大騒ぎになっていた頃のことです。

不安な気持ちでいる神野をほっとさせてくれたのが、右大臣藤原内麻呂(ふじわらうちまろ)の指示によって東宮へ送られてきた真夏(まなつ)冬嗣(ふゆつぐ)という兄弟だったのです。彼らは事件が落着まで神野に誠実につき従い、誠心誠意尽くしてくれたのです。

あれから十九年。

彼らは能力を発揮して仕え、やがて即位して政庁を率いるようになられた嵯峨天皇のために、その安定を保ち、維持していくために貢献してきてくれました。

その後神野親王は文人政治家嵯峨天皇として君臨することになるのですが、天皇とは違った考え方をする彼らは、理想的な朝廷のあり方にも協力しながら、極めて現実的な施策をして、民・百姓からは大変世論で受け入れられてきた貢献者でした。

冬嗣は嵯峨の支持もあって能力を発揮して公卿たちにも信頼を得ていくと、ついに左大臣という政庁の頂点へ上り詰めていくのです。

あの瑞雲さえも為政の片腕であった藤原冬嗣を送る、葬送の前触れであったのだと受け止めざるを得なくなったのでしたが・・・。太上天皇は彼との日々を思い巡らしていましたが、やがて冬嗣の死もあくまでも天命であって、冷静に受け止めなくてはならないことだと諦められたのでした。

それよりも、これから受け継がれていくであろう嵯峨王朝の足跡の中に、家父長として果たさなければならない責務があるということを、真摯に思い巡らしていらっしゃったのです。

冬嗣の死についての思いを整理された太上天皇にとって、冬嗣の子息である良房と、臣籍降下させた一人である潔姫(きよしひめ)とが結婚していて、藤原の新たな道筋を開き始めていたことについてはご存知でしたので、祝福すればこそ不安を感じさせるようなことは微塵も感じておりませんでした。

もう現在はそのころ淳和天皇の御子である恒世親王(つねよしんのう)の辞意を受けて、皇太子には太上天皇の御子である正良親王(まさらしんのう)が就いていらっしゃるのです。

やがて彼が皇統を受け継ぐことになるのは自然の流れです。嵯峨王朝は理想的な形で始まり、太上天皇の夢はやがて正良親王の時代に開花することになるはずでした。

その時の為にも、家父長として健在でいなくてはなりません。自らの進むべき道筋が過ちでないことを、何度も自問しながら納得されると、忠臣冬嗣の死を境に現れた瑞雲も、決して凶兆ではなくむしろ吉兆と受け止めて進もうとしていらっしゃったのでした。

これに似たような話は、現代でもよくあるのではありませんか。

 ものは考えようというものです。

同じ現象でも、吉兆なのか凶兆なのか、それを見た人の境遇によってその受け止め方が変わってしまうものです。そのことは充分に承知しておくべきでしょう。

 温故知新(up・to・date)でひと言

 人間にはいい時も悪い時もあります。「死中求活(しちゅうきゅうかつ)といって、窮地の中で工夫を巡らして活路を見出すことが必要です。その結果、「斉紫敗素(せいしはいそ)といって、災いを転じて福となすこともあるのではないかと思うのです。古事を引っ張りだすと、斉紫というのは斉の国名産品で紫色の絹地なのですが、素は白絹で、敗素は廃物の白絹のことです。斉紫は大変高価なものだが、もとを糺せば使い古した白絹を染め直したものに過ぎなかったもので、一度駄目になったものを、立派なものに仕立て上げることのたとえに使われます。どちらにしても吉凶を材料にしておかしなことに引っ張り込まれないことが大事です。「破邪(はじゃ)顕正(けんせい)です。悪い見解を打ち破って正道をいきましょう。


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